第14話 門出

 その年の秋に、第二王子とドゥモン侯爵令嬢が正式に婚約した。


 それを知った時に湧き上がった喜びを、なんて表現したらいいだろう。

 解放され、自由になった気がした。

 私は、ただのアデルになれた。モブになれたのだ。


「う、うう、ありがどうございまじだ」

 涙と鼻水を垂らしながら父に感謝の気持ちを伝えた。

 父は満足気で、トリスタンとイーサンはやや引いていた。



 第二王子の婚約発表の半年後、学院に入学する前に、トリスタンも辺境伯令嬢と婚約した。

 …なんだかちょっと遠くなったようで寂しい。


 例の乙女ゲーム本では、トリスタンの婚約者は辺境伯令嬢ではなく侯爵令嬢だった。名前は出てこなかったが、家格からしてドゥモン侯爵令嬢だったのではないかと思っている。


 いずれにせよ、もう現実は本とは違う。トリスタンが逆ハーレムのメンバーから外れる未来もあるはずだ。


 私にも縁談が来ているが、父が断っている。

 私には貴族の生活が向いていない。お茶会や夜会は気が重いし、宝石やドレスを身に纏うのはたまにでいい。使用人に世話をしてもらうのも慣れない。

 体は14歳でも中身はアラサーだ。染み付いた庶民感覚の修正は難しい。


 ◇◇◇


 遡ること13歳の夏、父、トリスタン、イーサンと共にテグペリ領に戻る馬車の中で、私が「将来、社交界に身を置きたくない」と話したところ、父は「アデルはまだ若いのだから、急いで将来を決めずともよい。色々な経験をしてみるといい」と、学院に入学することを条件に、冒険者見習いの登録を許してくれた。


 女性魔術師や女性騎士と仕事をすることがある父は、高位の家に嫁ぐことこそ娘の幸せとは考えていないようだ。


 父のヒコミテ視察には私達三人も付いて行った。そして私はイーサンに付き添ってもらって冒険者ギルド ヒコミテ支部で『アディ』という冒険者見習いになった。


 冒険者見習いになるにあたり、父にだけは、時空属性持ちであることを打ち明けた。


 父は元々、聖属性や光属性と同様に時空属性持ちも存在するはずという説の支持者だったようで、ひどく興奮して途中何言ってるのか理解できなかった。


 研究者としては探究したいが、父親としては隠しておいた方がいい、くれぐれも人前で使わないようにと注意された。

 当時は第二王子の婚約前で、二属性持ちとなれば婚約者候補に浮上する可能性が高かったことと、転移能力がばれれば利用されたり何か起きたときに嫌疑をかけられたりする恐れがあるためだ。

 転移は泥棒とか暗殺とかアリバイ工作とか、犯罪に便利だよな。悪役令嬢が使えなくて良かった。


 自分以外の生物も転移させることができるのか、まずは実験用ネズミで試し、その後父で試した。私と一緒であれば可能だった。

 

 時空魔法による結界についても父と検証したところ、範囲は自在に広げることができ、物理攻撃及び魔法攻撃に対して強度も申し分なかった。

 土魔法でも防弾ガラスのような障壁を作れることがわかったので、一人で行動する時は常にどちらかを使うことを約束させられた。


 それに、父はヒコミテに私の家を用意して、王都の公爵邸にも小さな離れを建ててくれた。どちらも私と父以外は立ち入り禁止にして転移に使っている。

 …甘やかし過ぎだよな。お金持ちのパパ凄い。もう学院卒業後はヒコミテの家でのんびり一人暮らしでいい。



 そういうわけで、私は13歳の夏から王都とヒコミテを行き来している。



 ◇◇◇


(今日も彼に会えなかったな…)

 そして、ヒコミテに来る時はいつも少し期待して、いつも少ししょんぼりして帰る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る