第8話 祖母
午後の乗馬練習にはイーサンも付き合ってくれた。
私がおとなしい小柄な馬を歩かせていると、風魔馬がすり寄ってきた。可愛いけどちょっと邪魔だ。馬も気にしている。私と風魔馬のせいで馬がストレスを溜めないか心配。
「ギャー!」
叫び声がした。見ると、イーサンがもう一頭の風魔馬に髪を食べられている。
(うわ、ヨダレが)
練習を早めに切り上げてお茶をする。おやつはクランベリーのタルト。
イーサンは洗った髪が半乾きだ。風と火魔石のドライヤーでちゃんと乾かさないと風邪ひくよ。
「乗馬始めたばかりにしては上手いじゃん」
「ありがとう」
自分でも上達が早い気がする。子供だからかな。
「アデルは馬場になんか近寄りそうもなかったけどな。もう少し上手くなったら遠駆けしようぜ」
「うん、よろしく。遠駆けはまだ先になるけど、歩かせてどこか行けないかな? 馬車も併用で」
「収穫祭が終わったら森の紅葉が見頃だけど、馬車だと道がなー。舗装しながら行くか?」
さすが叔父の息子。
「港町でもいいな。道整備されてるし。半日くらいで行けるだろ」
「行きたい!」
「おう、そんな食い付く? じゃあすぐ行っちゃう? あーでもなんか雨降りそうだから止んでから」
「行く!」
明明後日の朝、雨が止んでたらイーサンが迎えに来てくれることになった。
とりあえず領内で行きたいのは、港町、ダンジョン、公爵家別邸だ。
「叔父様は今どこにいるの?」
「南の方を回ってる。でかいオレンジが名物の辺り。俺あれ好きなんだよな」
「俺も連れてってくれって頼んだんだけどさぁ」
「一緒に行くこともあるの?」
「サンジュから近いとこはな」
イーサンは叔父の次の土木部門の長だろう。トリスタンもイーサンも偉いな。
イーサンは祖母に会わずに帰った。祖母が苦手らしい。
◇◇◇
イーサンの予報どおり、その日の晩から雨だった。
翌日は雨で乗馬もできず、ドレスを着て祖母のお茶の相手をする羽目になった。
祖母は現国王の叔母にあたる。
姿勢が良く、いつも重そうなドレスを着て隙がない。イギリスの大女優みたいだ。貫禄がすごい。
「この国で第二王子の妃に最もふさわしいのはあなたですよ、アデル」
えええ……。
「最有力は二属性持ちのドゥモン侯爵家の娘と言われているようですが、魔力量は平均以下で、容姿も凡庸とのこと」
そうなんだ! …その情報どこから?
「この祖母に任せておきなさい」
…第二王子と悪役令嬢の婚約まとめたのこの人じゃね?
ヤバい。逃げ込んだ先に大蛇がいた、みたいな…。
「おばあ様、私は第二王子とは結婚したくありません」
怖いが、はっきり断っておかねば。
「新しいドレスを作りましょう。明日仕立屋を呼びます」
…私の話、聞いてない。
どっと疲れた。
政庁から帰ったトリスタンをつかまえる。
「私、第二王子のこと好きじゃないから。婚約したくないから」
「え、急にどうしたの」
きょとん顔のトリスタンも可愛い。
祖母とのやりとりを話し、私にその気がないことをトリスタンから第二王子に伝えてくれるよう頼む。
「ジョルジュ殿下からアデルの話もドゥモン侯爵令嬢の話も出たことないよ」
ドゥモン侯爵令嬢だけ出てくれ。
夕食にはトリスタンのお下がりを着ていった。
案の定、祖母に「そんな格好で席に着くことは許しません」と叱られた。退室して自分の部屋で食べた。
お年寄りを怒らせるのもソフィーを困らせるのも申し訳ない。
でも、私の望みは第二王子の婚約者にならないこと。無理して模範的令嬢でいる必要はない。つーかもう家の中でドレス着たくない。
…王都に帰りたくなってきた。
滞在予定期間が過ぎても「おばあ様が寂しがるしサンジュが気に入ったから」とか言って残るつもりだったけど、今や祖母は関わりたくない人ランキング第1位だ。
とりあえず、明日から夕食は私の部屋に運んでもらおう。
王都を離れれば婚約を回避できると思っていた私はバカだ。
◇◇◇
翌日、仕立屋がやってきた。
祖母の立ち会いはなかったので、シンプルなデザインのドレスを注文した。ついでにパジャマと、女の子用と男の子用の普段着もお願いした。
雨は昼前に止んだ。
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