第55話 荒ぶる老魚人
「おう…来たか……」
魔族が、机を囲む。ジギス。アルダシール。ギルバート。レドリック。魔王城に集った。
「レドリック。先の件は気の毒だったな。だが今はそのことについて話している場合じゃねェ。『転生勇者』。俺たちをここまで追い詰めやがった奴野郎共に対する策を練るのが先だッ」
ジギスが、太い尾を強かに打ち付ける。
「そうですね…。俺も父の死を引きずるつもりはありません。今は勇者をどうにかしなければ…」
「おう…。ところでアルダシール…。なんでそいつをここに連れて来た?ムントの跡を継いで騎士団を預かるレドリック…。こいつはまだいい。だが…そこのゴブリンは何だ?」
「……ジギス、こいつの存在を俺に伝えたのはお前だろう」
「そんなことを聞いてるんじゃねェよ。軍議に関係の無い奴が、なぜここに顔を出してるのか聞いているんだよ。そいつがムントの代わりに勇者を撃退したのは知ってる。だが、だからといって、今の今までどこかで彷徨ってたような奴が、ここに顔を出していい理由にはならねェ」
「お前……あいつから聞いてないのか?こいつに下された任務を」
「あぁ?」
「そういえば、奴はまだここに来ていないな?何をしている?」
「知らねェよ。いつもそうだろアイツは。で?アイツがそのゴブリンに下した命令とやらは何なんだ?」
「正確には、魔王様がこいつ、ギルバートに下した勅命だ。こいつは魔王様の命を受けて、これから王都に潜入する」
「何だと…魔王様が?何だってんだ」
「あいつが来ないと、説明も出来ない」
「チッ……。今度は何処で油売ってやがる………」
ジギスが言い終えるとすぐに、会議の場の扉が開いた。
「来たか………」
腕を組んだまま、アルダシールは扉の方を見た。扉の前に一つ、小さな人影がある。
揺らめく灯火に歪んだ影を落とし、そいつは、将軍たちに向かって歩み出す。人影が近くなる度、ひたひたと響く、不気味な水音も大きくなっていく。
「遅ェよジジイ。そろそろボケてんじゃねぇか?」
「……………」
悪態をつくジギス。人影は黙ったまま、将軍たちが囲む机に向かって進む。
「全く眠たくなるぜ………」
ジギスが一瞬、眼を閉じた。
その刹那、水音が消えた。人影が、無い。
「年寄りを舐めおって……青二才のトカゲめがァ」
瞬いた隙を縫って、ジギスの眼前に現れたのは
「くそッッ…!!」
ジギスは、間一髪のところで、突き出された杖の先を握る。棍棒のように粗暴な木。ささくれた木の先端が、喉元に触れる。
「全く忌々しい……トカゲの癖に………」
ぶつぶつと何かを言いながら、魚人は机の上から降りた。大人しく、空いた席へ座る。
「毎度のことながらとんでもないジジイだ…。何をそんなにイライラしてやがる」
「………いい加減にしろ。お前らの下らないやり取りを毎回毎回見せられる俺の立場にもなってくれ…」
「何じゃとォ……アルダシール…!貴様も儂を侮辱するかッッ!」
「わかったわかった。一旦落ち着いてくれ。そこのゴブリンに用があるんだろ爺さん。連れてきてやったよ」
ギルバートは、荒ぶる老魚人を見た。
「ん?ああ、そうであった」
「はぁ…。ギルバート。この爺さんが、魔王様の命を受けて、お前をここに呼んだ張本人だ。この爺さんは、魔王軍で魔術の研究を一任されている。魔術研究所所長のホーデンだ」
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