第53話 魔王からの勅命

 風が吹き抜ける平原に、二体の魔族が膝を突いていた。


 小高く盛られた土の山。その前に、剣と盾が供えられている。獅子王ムント。その墓だった。


「………今でも俺は信じられないよ………。父上が亡くなったなんて………」


 墓前の剣に手を添える一匹の若獅子、レドリック。ムントの、たった一匹の息子だった。


「今となっては懐かしいなギルバート……。俺とお前は……父上…ムントの元で共に修行したっけな……。俺が騎士団に入ってからお前は行方をくらませたが…。とにかく…戻ってきてくれて嬉しいよ…」


 ムントの墓前に膝を突くゴブリン、ギルバート。彼は、剣に添えた手を静かに眺めるレドリックを見た。


「………すまない…。俺は卑怯者だ…。お前の父親の形見を使って生き残った俺は……」


「いいや…。父上はお前に託したのだろう…。彼自身の遺志を。……父上は、お前が魔族の危機に戻ってくるということを予感していたのだろうな」


「………」


「それと俺は…お前が怒りに任せて父上の仇を殺してしまわなかったことにも感謝しているんだ…。父上の遺志は……正しく受け継がれていたということが…わかったから……」


「レドリック……!」


 一匹の獅子は、涙を流していた。墓前に、滴がこぼれる。流れた涙は、むき出しになった土の塊に染みを作っていた。


「なんで俺じゃなかったんだ………?なぜ俺が父の危機に駆けつけることができなかった……?」


「………ッ……」


「だが……。父上の遺志……刻印を継いで彼の仇を退けたのはお前だギルバート…。俺がとやかく言う筋合いは無い………」


 レドリックは一人、涙を流しながら立ち上がった。


「俺は…もう戻る…。これ以上ここにいても、感傷的な気分にやられるだけだ…。俺は父の息子として…騎士団を率いなければならない。ここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかないんだ…」


 ギルバートは、立ち上がったレドリックの後ろ姿を見た。ムントのような、圧倒的な威圧感は感じない。だが、決意はある。その背中に、深く、深く刻み付けられた意思が、奔流のようにギルバートの魂に強く打ち付ける。


「レドリック……。わかった。俺も行くよ。お前には、行くべき場所が…帰るべき場所がある」


 ギルバートも立ち上がる。


「俺もまだ……やらなくてはならないことがある……」


 ギルバートとレドリックは、肩を並べて歩き始めた。同じ魔族の元で育った二匹。歩いてきた歴史は、途中から異なる。しかし、親の墓前でもう一度、二つの道は重なった。


「ギルバート………俺は――――――」


 レドリックが、何か言いかけた。


「………………だな………?」


 が、その声は、二匹の前に現れた魔族の声によってかき消された。


「ギルバート………だな?お前は……」


「………?」


 ギルバートとレドリック。二匹の眼前で、黒い外套が翻る。からからと、乾いた音が吹き抜ける風に乗る。


「突然すまないな。俺は骸骨騎馬軍の将、アルダシール。聞いたことくらいはあるか?ギルバートよ」


 骸骨の馬に乗った騎士。将軍アルダシール。ギルバートとレドリックは、即座に膝を突いた。


「存じ上げております。アルダシール将軍。しかし、将軍が私に何のご用件で?」


「そうだな。突然だがな…魔王様からの勅命だ。お前にはこれより…北の王都センドレイスに向かってもらう」


「なッ………」


 骸の王から告げられた言葉。魔王からの勅命。流浪の平魔族に過ぎなかったギルバートにとって、これ程の衝撃は、無かった。



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