第52話 暗闇に魔族二匹
「やはりここか………」
暗く、冷たい階段を上った先。魔王城の二階部分。そこに、ジギスはいた。
一階と同じく、薄暗い広間に、仰々しい石像が肩を並べている。
ジギスは階段に背を向けて、一人、冷たい床に腰を下ろしていた。
「………ジギス…。いつまでそうやっているつもりだ。俺たちは生き延びたのだろう。やるべきことがあるはずなんだ。」
「………お前は………」
ジギスが振り向く。岩石のような皮膚の中に、赤い眼が光っていた。
竜の魔族。ジギスは立ち上がり、大木のように太く、重々しい尾を地面にもたげた。
「アルダシール………。何しに来やがった…。残念ながら俺は今、お前とおしゃべりする気分じゃないんだ。さっさと失せろ」
「ジギス。お前がうなだれる気持ちもわかるが、今はそんな場合じゃないだろうが。ムントを殺した勇者が、間髪入れずにここを襲撃しにくるやも知れん」
「『ムントを殺した勇者』だと?はッ……。そんな奴…もうこの世にはいねェよ」
「何?」
ジギスの言葉。アルダシールは、訝しんだ。
「ムントを殺した勇者はもういない?どういうことだ」
「言葉通りの意味だよ。ムントの仇は、今や何処にもいやしねェ。奴は…勇者としての力を失って、何処かに逃げ延びたとさ」
「ッッ……!!逃げ延びた……だと…!?」
「ふん……。勇者の顔も知らねェ俺たちが、そいつに復讐できるはずも無いぜ。………俺はムントの死を悼んでいるんじゃない。ムントを殺した野郎を…この手で殺せないことが情けないんだ………!!」
ジギスは、尾をしたたかに打ち付けた。冷たい空間。はっきりとした音が静寂を破って、暗闇に響き渡る。
「………ムントは、もはやか弱い人間となった勇者を殺すことなどしない……!!俺が…そんな言葉に納得してしまうなんてな…。その場にいなかった俺が…ムントの死に立ち会えなかった俺たちが…奴の仇を討つなんてことは…ハナから出来やしねェのさ」
「ジギス……。お前が、ムントの死を呑み込むなど…。誰から…ムントの死を知らされた…?」
「ムントの遺品…。奴の剣を携えて俺の前に現れたのは…ただのゴブリンだった…。鼻は曲がって、顔面は血だらけ…。ズタボロになったゴブリンが…ムントの遺志を俺に伝えた……。名前は何と言ったか………ああ。そうだ…。ギルバート、という奴だったか………」
「ゴブリンだと…?奴等は勇者に滅ぼされたのではないのか…?生き残りか…?」
「さあな…。本人から聞けばいいじゃねェのか。奴は今、レドリックと…ムントの元に向かっているはずだ…。ここから西方に、ムントは眠っているそうだ……」
「……そうか…。ジギス…。俺も、ムントの元へ向かう…。お前は………」
「俺はいい…。言っただろ。今はそんな気分じゃない。これ以上、話すことなど無ェよ」
「………わかった」
アルダシールは、踵を返した。
ジギスはまた、暗闇に向かって腰を下ろす。
二体の魔族はそれぞれ、やりきれない思いを呑み込み、暗闇に溶けていった。
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