第51話 冷たい階段

「な………!?」


 薄暗い懸念。深淵から這い出た手が、アルダシールの喉元をぐっと掴んだ。


「ムント………だと………?」


 魔軍の将。自らと肩を並べ、魔族を導いてきた戦友。


 数々の戦いがあり、多くが死んだ。だが、俺たちは生き延びた。生き延びなければならなかった。地に還った同胞のため。無念を、宿願を。


 そのために、将と成った。


 だが…。


「ムント………………が………!?」


 膝を落とす。ムントが死んだ。あいつは俺よりも、遥かに強く、高潔だった。


 だが、呆気なく死んだ。俺が知らないうちに、何処かで死んだのだ。


「く………クソが………ッッ!!」


 拳を打ち付ける。煮える。無いはずの腹。その中で、何かが沸き上がる。


 黒い憎悪。暗い感情。邪悪な何かが、内側から、骸の身体に染み渡る。


 冷たく。だが、鬱陶しいほどに熱く。矛盾した感情が、激しく唸る一つの濁流となって、全てを押し流す。


 また魔族なかまが一匹、風と消えた。また俺が、生き残ったのか。


「……………………」


 骸の隙間から、風のように漏れ出た言葉。


 小さな悲鳴か。マルテルは、アルダシールが漏らした微かな声を聞いた。


 マルテルは、俯いた。戦友を亡くしたのだ。伴う悲哀も相当なものだろう。


「将軍………。心中はお察しいたします………。しかし………」


「………俺は………」


「将軍………?」


 マルテルはアルダシールを見た。はっきりと、何かを言った。だが、いったい何を言ったのか。


「ッッ!!」


 形相。マルテルは、アルダシールの恐ろしい形相を見た。


 眼の奥の光が、不気味に揺れる。骸骨の顔面は、はっきりと、邪悪な意思を象徴していた。


 笑っているのか。限界まで食い縛られた歯。頭骨が、怒りに歪む。ぐしゃぐしゃになった表情は、以外にも笑っているようだったのだ。


「俺は……呑んだぞ………。怒りを…復讐の意思を………呑み込んで………抹消したぞッッ………!!」


「将軍………」


「ムントは殺された……。だが俺には………やることがある………!!奴の死に引きずられて………俺の現在を見失ってたまるかッッ!!」


 アルダシールは黒い外套をひらめかせて、整列する騎馬軍に向かって歩き始めた。


 騎馬軍は、アルダシールに道を開く。


 死霊の軍勢。その真っ只中を、アルダシールは闊歩する。


「騎馬軍各位!!ここに入ってくる負傷者が勇者軍の残党に襲われないように護衛をしてやれ!!マルテル!!指揮は任せたぞ!!俺は、ジギスに会ってくる」


「将軍……………承知しました」


 アルダシールの後方で、骸骨たちの慌ただしい足音が響く。


 アルダシールは、拳を握りしめた。


「俺は将軍だ………。ムント………俺は、今すぐ…お前の仇を討ちに走るべきか………?………許せ………。俺は…おれ自身の感情を晴らすために…身勝手な行動は出来ない………!!」


 魔王城の暗闇を掻き分ける。


 アルダシールの黒い外套が、闇に溶け込んでいく。


 骸骨たちの王はただ一人、冷たい階段を上っていった。

























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