第48話 汚してやる

「はァッ………はァッ………」


 鼓動。強く、内側から、身体に衝撃を打ち付ける。


 屈辱。圧倒的優位、神の座から、一瞬にして引きずり下ろされた。


「僕は……僕は本当にッ………」


 脂汗が、額に絡み付く。重い身体。高ぶりを、熱さを感じさせない人形のような体の感覚が、戻ってくる。


「く………くそッッ………!!!僕は神だ………!!これまでも…これからも…!!」


 遠ざかるゴブリンの背中に、掌を向ける。刃の群れが、油断しているあいつをあっという間に取り殺す。僕は神。魔族ごときが弄する小手先の技なんぞに…。


「はぁーッ……!はぁーッ…!!はぁ…はぁ…はぁ…!!!」


 魔族に向けられた掌は虚しく揺れ、指先は、あてもなく空を彷徨うだけだった。


「そ……そんな……本当に………僕は本当にィーーーーッッ!!!」


 失った。転生勇者としての力。それを完全に悟らせたのは、自らの手。力を行使し、万物がひれ伏した神の手。今や、ひ弱な人間の手。


「があああああッッ!!僕のッッ!!僕の力ァあああああッッ!!」


 半狂乱になって、地面を転がり回る。試合は終わり、夢もまた潰えた。神として、全ての者にその姿を仰がせる夢が、塵となって消えた。


「があああああッッ!!ギルバートォおおおおおおッッ!!!お前のせいだァッッ!!お前さえ僕の前に現れなければァーーーーッッ!!!」


 のたうちながら、呪詛を吐く。


 去っていく魔族。憎い。憎い。


「僕はもうおしまいだァッッ!!ただの人間が…異世界からやって来たただの人間がッッ!!この世界で生き残れるはずがないだろうがァッッ!!!転生者としての補正が無ければ…この世界で僕はゴミ以下の存在だッッ!!言葉もわからない…身寄りもない……!!力も何もかも…僕を守るものはもう何も無いんだァッッ!!!」


 自暴自棄になった勇者。よろけながら立ち上がり、懐にしまっておいた一降りの短剣を握りしめた。何匹もの魔族の血が、乾いてこびりついている。


「ギルバートォおおおお………!!!お前が…お前だけが…手を汚さずに終われると思うなよォおおおお……!!お前は……僕と同類……!!借り物の力が無ければ…何も出来ないクズだッッ……!!それなのに……。そんな奴が………僕を殺さず…ヒーロー気取りだと……?僕は………そんな事………絶対に許さないぞォおおおおおおお!!」


 震える両手。勇者は、短剣を腰の辺りに構えた。


「おおおおおおおーーーーッッ!!!」


 そして、走り出す。とてつもなく重い身体。それを引きずるようにして、ギルバートに向かう。奴の手を………汚してやる。

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