第47話 殺す『資格』

「『刻印』発現ッッ!!!」


 魔族の咆哮が天を衝いた。ギルバートが、叫んだ。


 瞬間。勇者の頭部、激しく輝いた。


「ぐ………なんだ………鬱陶しい光だっ……!!」


 勇者の頭部には刻印。ムントがかつて、勇者の胸部に刻み込んだものと同じ紋章が、刻み込まれていた。


「な……なんだ………!?これはッッ……!!いつの間にッッ!!!」


「俺が……刻み込んだ。ムント将軍の遺志……それを……俺の拳が受け継いだのさ」


「受け継いだだとッ………!?あの忌々しい刻印は……僕が剥ぎ取ったはずだッッ!!」


「そうだ。だがだけだ。侮るなよ……!!刻印は…標的を取り殺すまで死なない………いつまでも貴様に…貴様が滅びるまでつきまとう呪い……!それが魔族の『刻印』だッッ!!」


 勇者の頭蓋に刻み込まれた刻印が、一層強く輝く。


 輝きが増すたびに、勇者は言いようもないプレッシャー。とてつもない身体の重さを感じていた。


「ぐぅああッッ!!なんだァああああ!?僕の……身体が………神聖な身体がァあああああああ!!!」


 魔族の刻印。それは、魔族が己の魂と引き換えに絞り出す命の結晶。刻み込まれた者の能力を消し去る呪い。絶対に敵を先には進ませないという意思の籠った、魂の欠片である。


 刻印が刻まれた勇者の身体。純白の怪物と化した半身が刻印の輝きに照らされて、どろどろと溶けていく。


 まるで流水に溶けるように、さらさらと流れ出していく勇者の力。自在に形を変え、ムントを、ギルバートを追い詰めた怪物の身体が、勇者から剥がれてゆく。


「ああああああああッッ!!僕の………僕だけの力がァあああ!!」


「貴様は……力に酔いすぎた…!!授けられた力で…借り物の力で……貴様は何体もの魔族を………楽しみながら殺した………!!だが…今はその力さえ失われたッッ!!!今の貴様に何が出来るッッ!?生身の貴様に何が出来ると言うんだッッ!!」


 ギルバートは両膝を地に屈し、天を仰いで絶望する勇者に叫んだ。


 目の前の男。元は、ただの人間だったのだ。異世界に到達する前は。この世界で、規格外の力を何者かから授けられた。そして、勇者を名乗って魔族を虐殺し始めた。


 力を得たばかりに、溺れた。そして、かつての自分と同じ弱者たちから、奪ったのだ。多くのものを。


「は…ははッ…『借り物』の力だと?何が悪い…?」


 虚ろな目をしたまま、勇者はギルバートに語る。


「お前だって…あの魔族から力を借りただろ…!?お前だって…『借り物』が無ければとっくに僕に殺されていたんだァッッ!!」


 勇者は声を荒げた。ムントを殺したあの時のような、圧倒的な力はもう無い。痛みも疲れも知らなかった自分の体が、今は異常に重く感じる。他人の体のように。


 勇者はギルバートを睨んだ。こいつが、憎い。僕から力を奪ったこいつが……。


「そんなお前が僕を批判するのか!?笑わせてくれる!!お前は…僕と同じだ…!!正義ぶって……仲間の仇を討ったとかなんとかのたまっても…お前は僕と同じ……!!借り物の力が無ければ…何も出来ねェ虫ケラなんだ!!!」


 喚く勇者に背を向けて、ギルバートは歩き始めた。


「ああ…そうだろうな。俺は一人では何も出来ないだろうよ…」


「待てェ……!!何処に行くつもりだァ!!!」


「お前は力を失って、ただの人間に成り下がった。今のお前ではもう俺には勝てない。お前が虐げた…他の魔族に見つかる前に…一刻も早くここから失せることだ…。あばよ。ムント将軍の力が無ければ………俺はとっくに死んでいただろう……。そんな俺に、お前を殺す資格など無いからな」







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