第46話 すてごま

「貴様の強さは認める。俺は、貴様に勝てるほど強くはない。俺はただのゴブリンだ。下級魔族でしかない」


ギルバートは、うずくまる勇者を見た。


腕の震え。激しい動悸。肩で息をしながら、なんとか立っている。


「俺では、貴様には勝つことなど到底できなかっただろう」


「ッッ……!!」


勇者。唇を噛み締めた。


だと?


隙を突かれただけで、この程度のダメージ、ハナから屁でもない。今すぐにでも立ち上がって、目の前の虫けらを消し飛ばすことだって出来る。


それなのに、こいつは何故……下級種族の分際で何故……僕に勝った気でいる?


勝つことはできなかった?


「ふざけるな………」


勇者は立ち上がる。恨めしくギルバートを睨み付けながら。


「下級ごときが………僕に………だと………?」


腕を構える。そして指先。ギルバートの方向へ。


「たった一撃……クソみたいな一撃………まぐれの一撃を当てただけで………僕を見下すだと………?薄汚ェゴミが……地を這うことしか脳のねェゴミ虫が………神を………神をォ………!」


宙を舞う幾千の刃。それでこいつを、跡形も残らないくらい切り刻む。


勇者はギルバートに向けた指先を一斉に開き、掌と掌を勢いよく叩きつけた。


「神を愚弄するなァあああああ!!!」


勇者の絶叫。それと共にギルバートに放たれたのは、殺意の刃。


鋼の雨が一直線に、満身創痍のギルバートに襲いかかる。


「今度はチンケな魔術など関係無いッッ!!お前がどんなに身体を固めようと……神の雷の前には全てが無為だッッ!!刃に斬られ、刻まれ、裂かれ、千切られ、喰われ、骨の髄ッッ!!体の芯までズタズタになりながら…僕に歯向かったことを後悔しろォおおおおおおおッッ!!!」


勇者の刃。


飢えた獣のように大口を開け、瀕死の獲物に牙を剥く。


今のギルバートに、『硬化』を発動する力は残っていない。逃げるだけの俊敏さなど、備わっていない。


眼前の絶望。


千の刃を前にして、一匹のゴブリンは、ただただ立ち尽くしていた。


その眼に写るのは、走馬灯か。諦めの色か。


「そうさ………。俺は下級魔族……。ムント将軍さえ退けた貴様のような化物に、俺ごときが勝てるはずが無い………。……!!!」


否。その眼に灯すのは、魔族の誇り。どんなに卑しくとも、汚くとも、捨て駒。魔族として、魔族のための尖兵としての役割を果たす覚悟。


「俺はただのゴブリンだ……だが、俺は魔族だ………!!地を這い、土を噛み、泥水を啜ろうが、役割は果たすッッ…!!どんなに醜かろうが汚かろうが、貴様の足を引っ張ってやるッッ!!!それが魔族だッッ!!!」


『刻印』発現。刃が着弾する直前、ギルバートはただ、そう叫んだ。

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