第44話 刃の監獄
「ッッ……」
ある違和感が、勇者を取り囲んだ。
座り込んだギルバートの姿が、炎のように揺らめいた。
「ふうっ…やっぱり…『覚醒』か。ここまでの何もかもが、『テンプレ』ってやつで埋め尽くされているよ」
勇者が指を弾く。
虚空に立つさざ波。揺らぐ空間から、突如として幾数もの刃が現れた。
「でもね…おかしいとは思わないかな?土壇場で…追い詰められて…急に手にいれた付け焼き刃の力…。そんなモノがどうして、絶対的な力の差を覆す?お前と僕の間には、もはや埋められない差が存在するのに、どうして急造の力が、そのバランスを逆転させる?」
勇者の指が空をなぞる。その軌道に導かれるようにして、空中に現れた刃は、ギルバートの姿を標準のなかに定めた。
「たかが魔族…下級魔族が力に目覚めたところで…神には勝てないということを…お前は思い知るがいいのさッッ」
空間に並べられた刃が、堰を切ったように雪崩れ込む。ギルバートの後ろ姿へ襲いかかる非情な刃が、速度を上げていく。
刃がギルバートの背を抉り込んだ…はずが、そこに彼の姿はない。
勇者は、算段が当たったというような得意気な顔で、十の指を差し出す。
座り込んだギルバートの姿は幻影。そのことを既に見抜いていた勇者は、両の指を巧みに動かして、幾千の刃を操作する。ギルバートは、勇者の真上に移動していた。
「はははっ…!下級にしては、見上げた根性か…?あのままずっと…膝を屈したままだと思っていたよ。まさか立ち上がって、性懲りもなく僕に向かってくるとはねェ…。あんな小細工まで弄してさァ!!」
上空から襲いかかるギルバート。勇者の背中は無防備。
しかし、勇者の腕が翼のように折り曲がって、その背中を覆った。ギルバートの方へと向けられた掌。指は、全て閉じられている。
「でも僕には敵うはずが無いッッ!!」
空中から落下するギルバートに追従する刃が一、十、百、千。それら全てが、檻のように。勇者の背を狙うギルバートを取り囲んでいた。
勇者の指は、閉じられている。刃は、ギルバートとの距離を急速に詰めていく。
「終わりだ」
勇者が、いっそう強く拳を握り込む。
ギルバートを取り囲んだ刃はその指示に呼応する。獄門。それが閉じられるように、一斉に収束する刃の檻。
取り囲まれたギルバートは、すりおろされた肉の塊となって、刃の隙間から漏れ出てくるはずだ。
しかし、そのような勇者の予想は、金属どうしが激しくぶつかり合う音にて裏切られた。
刃の監獄に閉じ込めたギルバートの身を刺すような、抉り込むような生々しい音は聞こえてこない。
「なんだと?」
予期せぬ事態。勇者はすぐさま体制を整え、ギルバートの再度の襲来に備えた。
「刃の檻から抜け出した…?そんなことが奴に出来るのか?あんな下級魔族に?」
勇者の感情に、僅かな黒雲がかかる。
一抹の不安が、脳裏を過った。
(まさか…奴は本当に『覚醒』して、僕を凌駕する力を土壇場で身に付けたというのか?あり得ない…。そんなおめでたい話が……この僕に通用するはずがない…)
勇者は、上空のギルバートを取り殺すはずだった刃の檻を解除する。空が駄目だった。次は地中か?不意を突いて後方…いや、側面を狙うか?
勇者は真上を除いた全方位に、刃を並べた。
真上を除いた全方位に。
どむ。
鈍い音が、勇者の耳に飛び込んだ。
「あ?」
音の発生源。視覚での理解に先行したのは、痛覚。がら空きになっていた勇者の頭蓋に、激しい痛みが込み上げる。
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