第43話 託した本分

(魔族は……這いつくばって泣くだけか?強者を前に…己を痛めつける者を前にして…ただただ絶望するだけか?答えよ否と…!そうではないと………!!)


「将………軍………」


 ギルバートの目に写ったもの。決して末期の幻覚などではない。勇者の胸部に刻まれた獅子の紋章。一匹の魔族が、その身を賭して抉りこんだ刻印は確かに、そこにあった。


(私は……お前に託したのだ………。お前がどんなに情けなくとも……弱くとも………お前に行く末を任せた………。だから………勝負を棄てることだけはしてくれるな……!!勝たなくとも………地面を舐めても………魔族の一員として………私と………お前で……忌々しき勇者の『妨害』を………完…遂…する………の……だ)


 紋章。徐々に輝きを失う。妨害。ただそれだけを、戦意を失ったギルバートに託して。


「将軍………!将軍!!待ってくれ!!俺は……俺は………」


 徐々に黒ずんでいく刻印に、ギルバートが指先を伸ばす。


 しかし、それが届く前に、刻印の輝きは虚空の彼方へと消え失せた。


 後に残ったものは、剥ぎ取られた勇者の肉塊のみ。ムントとギルバート。二匹の魔族の、先程のやり取りまでが嘘のように、辺りは静まり返っていた。


 しかし、その静寂を破るのは勇者。


 不機嫌そうに鳴らした鼻が、ギルバートの耳をつんざく。


「ふん………。何かと思えば、お決まりのパターンか…。何から何まで、ファンタジー。本当におめでたい奴等だ」


 怪物と化した勇者の半身。純白。いやに無機質なその脚を前に進め、勇者はギルバートの前に立つ。


『死んだ』刻印の前にひざまづいたギルバートの前へ。


「これから何が起こるか当ててやろうか?仲間を失って…怒りの『覚醒』…。そんなところだろ?全く…陳腐で飽き飽きする展開だ…」


 勇者はからかうように、ギルバートの周りを歩き始める。


「『うおおッ!許さないぞ!覚悟しろ!』とでも言うつもりか?そんなに肩を震わせて。激しい怒りで、自分の中の何かが目覚めそうか?あ?どうなんだ?ほら。悔しかったら『覚醒』してもいいんだよ?新たなる力に目覚めて、僕をぶちのめせそうか?」


 廻る。何度も。勇者の感情。その根底には、侮りがあった。ゴブリンごときが力に目覚めたところで、勇者に勝てるはずがない。そういった思いがあった。


「さあ…どうするんだ?立って僕に挑むか?」


 薄ら笑いを浮かべて、膝を突くギルバートを見下す。こいつが立てるはずがない。そのまま死ぬのだ。勇者は確信した。


 していた。


「『魔族か』…」


 風のように、ごく自然に勇者の耳を吹き抜けたのは、『たかが』ゴブリンの声。


 この一声が。たかが一声が。完璧に思えた勇者の計算を大きく狂わせていくのだった。








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