第42話 最後の輝き
「コ……コイツ……自分の胸肉を引きちぎって……刻印の呪縛から逃れやがった……」
「ふぅ……少しは驚いたけどね……所詮は小細工だったよ…残念」
勇者は肉塊をギルバートの眼前へ落とした。ぐちゃぐちゃになってか細く輝く、獅子の紋章が見えた。
「ムント………将軍……」
「せっかくのチャンスを無駄にした気分はどうだい?僕は最高の気分さ…!お前らの悪足掻きを絶対的な力で握り潰し…踏みにじり…ゴミみたいにあしらうのはァ…最高だよォッッ!!!」
ぐしゃり。
生々しい水音。
ギルバートの眼前で輝いた紋章は、勇者の靴の下へと消えた。
希望。ギルバートに与えられた最後の希望の糸。
それは、目の前ですんなり潰れてしまった。
「あ…ああ……あああ……!!」
「おお……いいねェその顔……!!その自己嫌悪に満ちた醜い顔!!ははははははははッッ!!!言っとくけど…お前が悪いんだよ…?お前がごちゃごちゃ文句を捏ねて、僕の隙を突かなかった結果がこれだよ?お前の希望は……お前自身が壊してしまったんだ!!僕はその過程に過ぎないんだよッッ!!!」
「ぐッ……くそッッ……!!!くそォッッーーーーーッッ!!!何で……何で俺はいつも…いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもォッッ!!!こんなッッ!!!取り返しが付かなくなってから後悔するんだァーーーーーーッッ!!!あの時もッッ!!躊躇わずクルグの肩を押してやればアイツが死ぬことなんて無かったッッ!!!愚図な俺が生き残ることなんて無かったのにッッ!!!今もッッ!!!ムント将軍から貰ったなけなしのチャンスをッッ!!!俺の下らない逡巡でまた無為にしたッッ!!!俺は心底馬鹿な野郎だァーーーーーーッッ!!!」
ギルバートは泣いた。泣きわめいた。また、まただ。また同じ失敗を犯した。どうしようもない失敗を。また。
ギルバートは地を殴る。何度も何度も殴る。
こんなことをしたって、何の意味が無いことはわかっている。悲劇のヒーローを気取るパフォーマンスに過ぎないことなど百も承知だ。しかし、胸の奥から込み上げる恨めしさがそうさせる。愚図でクズ。マトモな判断すら出来ない己を嘆いて、心がそうさせるのだった。
「は…ははははッッ!!僕……こ…こんな…こんな無様な奴を見たことなんて一度も無いねッッ!!!こいつはとんだクズ野郎だッッ!!!問題が泣いて解決するわけねェーーーだろッッ!!!自分が気持ちよくなりたいがために眼前の悲嘆さえも舞台装置にする……こんな無様なカスには今まで出会ったこともないよッッ!!!」
勇者の心の底から出でる嘲笑が戦場にこだまする。冷徹な風が吹く死の舞台には不似合いな程愉快で滑稽。上機嫌な声が、響きわたる。
「ああああッッ……!!俺は……俺は……」
涙と鼻水にまみれながら、ギルバートは絶望の影を背後に感じた。
ムントの遺志さえ潰えて、後に残るのは無惨な死骸が二つだけ。抗う術など無いと、ギルバートは感じた。
「ぐ……うぅッッ……!!!すみませんッッ!!!すみませんムント将軍ッッ!!!アンタが残してくれた逆転の糸口をも無下にする俺を……許してくださいなんて甘いことは言わない………!!俺はアンタに恨まれ呪われるべきクズだッッ!!!」
迫る絶望が、ひざまずくギルバートへ暗い影を落とす。勇者は嗤い、爪を研ぐ。
「いやァ~最後に笑わせてくれる。でもね。僕は君みたいなクズを見てると腹が立つんだよ。余計に……惨殺したくなっちゃった」
「申し訳ないッッ……申し訳……ないッッ………!!!」
勇者が迫る。涙を垂れて謝罪するだけのギルバート。
誰の目にも、勝敗など明らかだった。数秒後にはギルバートが死骸となって転がっていることなど明らかだった。
(………だ………)
「………!?」
だが、紋章は輝いた。最後に、か細く輝いた。うち棄てられた肉塊の中で。
(私は……貴様に勝てなどとは言っていないぞッッ……!!私は……貴様にただ……立てと言ったのだッッ……!!)
「立……て……」
(魔族は……魔王様を脅かす外敵の足を引っ張るのだ……!!勝利など……誰も期待していない…!!私たちは捨て駒……!!最後に立っているのは……魔王様だけでよいのだ……!!だから私たちは…私たち魔族はッッ……命尽きても立つのだッッ…!!肉体が朽ち魂が燃え付きようと………立って奴らの前に立ち塞がるのが魔族だッッ!!!)
「………!」
(だから立てッッ………!!魔族のために立てッッ…!!貴様のために立てッッ…!!!貴様を………貴様の存在を証明するために………立てッッ!!)
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