第41話 裂
「ぐっ……ぐっ…!何故動かないッッ…!」
「オッさん…いやムント将軍…アンタ…なのか……?」
石膏像のように固まって動かない勇者の身体。振り落とされた剣はギルバートの表皮を薄く切り裂いたところで、静止していた。
(ギルバート貴様何のつもりだァッッ!!その諦めたような面は何だ…眼は何だ……態度は…-一体何だァッッ!!!)
勇者の胸に刻まれた獅子の紋章。その輝きが、ギルバートの魂へ訴えかける。
「ぐッ…」
(ご自慢の大技が破れて意気消沈…そしてそのまま思考停止で戦闘放棄だと…!?ふざけるのもいい加減にしろよ小僧ッッ!!!今すぐ立てェッッ!!!)
勇者に刻まれた魔族の置き土産。ムントの遺志が、ギルバートを呼ぶ。もう一度戦場へと。
しかし、ギルバートは仰向けになったまま動けないでいた。
「だ…だがよ…ムント将軍……。俺がもう一度立ち上がり…コイツにもう一度立ち向かったとしてもよォ…俺はコイツには敵わない……!絶対に勝てないんだ……!!俺の拳…風の魔術は…あっさりと破られた…!コイツに傷一つつけることもなく……。俺にどうしろと言うんだ…ムント将軍!!」
ギルバートは震えていた。今一度、闘志を燃料庫に詰めて立ち上がったとしても、苦痛が引き伸ばされるだけだとわかっていた。一切の望みが絶ちきられた今、彼が信じられるモノは何も無かった。
(どうしろだと…!?俺は既に立てと言った筈だッッ!!敵に見下ろされて闘うことなど到底出来んッッ!!)
ギルバートは自虐的に笑った。
「へッ…へへッッ…!!立てって…!」
俺に何が出来るんだ、と。
(何…?)
「立って…立ってどうするんだよォッッ!!!戦ってどうなるッッ!!!そういう次元じゃないんだもうコイツは!!!ムント将軍をも葬ったこの化物に…俺が…俺なんかがどうやって勝ちゃあいいんだよォーーーーッッ!!!」
ギルバートは叫んだ。圧倒的な無力感に包まれながら、虚空へと訴えた。
「はッ…ははッ…何一人で叫んでるんだ…?だが…これは傑作ッッ…!!コイツ…もう勝負を捨てている…!僕の…神の力を前にして…無防備な僕を攻撃しようなんて考えなどとうに失せて…楽に死のうとしている…!!はははッッ…!!やはり下等…!!ゴブリンごときが僕に立ち向かえる筈が無かったんだッッ!!」
(ぐゥッッ…こいつ…!!刻印の力に抵抗しているッッ!!!)
勇者が嗤う。諦めた眼をして寝そべっているだけの魔物を前にして、どす黒い炎が瞳に灯る。
「こんな小細工で僕を縛ろうなんて…甘いなァ…!!」
勇者は、自分の胸の辺り、印が刻まれた辺りへ手を伸ばした。
「はァッッ!!!」
(何だとッッ……!!!)
引きちぎる。己の胸を。忌まわしき呪いが刻まれたその部分を、肉を、破く。
(馬……鹿な……!!)
「はァッッ……はァッッ……あああああああああああああッッ!!!」
轟く。勇者の咆哮。胸に空いた無惨な風穴が、渦を巻くように修復されていく。勇者の手には、肉塊。獅子の紋章が刻まれた肉塊が、握られていた。
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