第40話 獅子が吼える
「所詮はゴブリン。見た目だけ派手な技が使えても…それに実力が伴っていない。そうだろ?」
「……」
「無視してんじゃねェよ」
勇者が、絶望にうちひしがれ、その場から動かなくなったギルバートを無理やり立たせる。
「ほら!ほら!」
白い腕は、いつの間にか剣から拳へと形を変えていた。握られた鉄槌が、ギルバートの顔面を何度も何度も打つ。
ひしゃげた鼻。裂傷が、たちまち刻まれていく。虚ろな目をしたギルバートは、ただ沈黙してその責め苦を享受していた。
「苦しめよ!反応しろ!殴られるのは痛いだろう!?ほら!ほら!」
勇者の拳は標的を変え、ギルバートの身体を
それでもギルバートは沈黙し、ただ俯いている。次第に苛烈になっていく拳の雨に、ただ打たれている。
俺は所詮、下級魔族だった。
勇者の蹴りが頭に飛ぶ。また、地面に打ち付けられる。
俺はここで殺される。
一度は希望を掴みかけて。それでもやはりモノに出来ずに落ちていく。頭を踏みにじられても、ギルバートの魂が甦ることはない。
格下が圧倒的な実力差を覆す。そんな物語は、初めから無かった。ギルバートは思った。
「僕相手にまあ少しは粘ったことは誉めてあげるよ。雑魚にしては上出来。勇者の足を引っ張ることが出来て…良かったね?」
転生勇者の声が聞こえる。
「魔剣…血蛞蝓。今度は逃がすなよ。こいつの首を…確実に落とす」
処刑執行を命じる鐘の音。遅れてやって来る死のノイズ。
俺は、使命など果たせそうも無い。
人間から技術を盗み、幾千の試行錯誤の末、ようやく造り上げた機巧、鋼の義手。そして、魔力を秘めた因縁の石、
両者をもってしても、転生勇者の前には全くの無力。ゴミ同然の悪足掻きにしかならなかった。俺の拳が、通用しなかった。
「死ねッ」
剣が風を切って振り下ろされる音が聞こえる。だが、もうどうでもいい。俺がまた死神の鎌から逃げ延びたとしても、同じことの繰り返しだろう。転生勇者の前には力及ばず、捩じ伏せられ、踏みにじられ、地面を舐める。
そんな結末ならいっそ―――――――――。
ギルバートは眼を閉じる。
一抹の希望さえ残らない、荒地のような感情。潰えて、折られて、踏まれて消える。
後悔など残らない。残る余地が無い。黒い淵に落ちること、死にすら無関心になって、ギルバートは『眠った』。
眠ろうとした、のに。
(………………………!……)
誰かが叫んでいる。俺に向かって。
(……………ト………!)
やめろ。やめてくれ。
(ギ……………ト……………!!)
俺を起こさないでくれ。
(ギル……………ト……………!!)
俺にもう希望を与えないでくれ。
(ギルバ………ト!!)
ああ、やめろ。俺は一筋の希望にすら縋ることのできない弱い魔族だ。もう俺に夢を見せないでくれ。
(………ギルバート!!)
「やめろ…!もう…やめろッッ……!!俺を呼ぶのをやめろォーーーーッッ!!!」
「はッッ!!!」
「……!何………?身体…が…」
眼を開いたギルバートの前で、転生勇者は硬直していた。
ギルバートの首に振り落とされる筈の剣は、空中で固まったまま動かない。
「お……前……何を……した……!?」
身体を強張らせて苦悶の表情を浮かべる勇者の身体には、刻まれた『紋章』が浮かんでいた。
「これ……は……!!」
魔族の禁術『刻印』。対価は己の魂。
勇者の胸に浮かぶ痣のような刻印。獅子を象ったようなその刻印は、ギルバートの魂へと叫んだ。
(ギルバート!!貴様何を浸っているッッ!!!愚か者がッッ!!!己の境遇を嘆きたいだけの道化が誇り高き『魔族』を名乗るなァッッ!!!)
「この声……!」
獅子が吼える。枯れた魂の中で。
「ム……ムント……将軍……」
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