第39話 塵屑に消える

「哭鬼……拳ッッ!!」


 鋼鉄の義手に嵌められた石、ジェネレータが眩い光を放つ。


 周囲の風を一挙に取り込み、放たれた風の砲撃が、勇者の放った竜巻に向かって襲いかかった。


「………」


 風と風。周囲を切り裂く旋風と、喰らい尽くす暴風。二つの風がギルバートと勇者、双方の間でぶつかり合った。


 勇者は黙してその動向を伺う。表情には余裕の色が浮かぶ。


 ギルバートは風を放った反動でよろめきいたが、何とか体制を立て直す。深刻な表情で、二つの風を見つめる。


「ゴブリンにしては…といったところかな。さっきの『硬化』とかいうのもそうだが、魔術を使える点はまあ評価できるね」


 風がぶつかり、揉まれあい、のたうち回る。濁流のように、互いが互いの隙間に入り込んで掻き回す。


「まあ僕には遠く…及ばないが」


 勇者がかぶりを降って、剣で空を裂く。


「矮小なんだよ…何もかも」


 勇者が切り裂いた虚空が、大きく口を開ける。


 亜空間。開かれた扉は、眼前でぶつかり合う二つの烈風を呑み込んだ。


「な…なんだ…?」


「リセットしろ…『裂時空』…」


 そこには元々何も無かったかのように、ギルバートと勇者、双方が放った風の魔法は跡形も残さずに亜空の彼方に消え去った。


 勇者は空を切り裂いただけ。ただそれだけの動作が、時空の裂け目を呼び出したのだった。


「馬…馬鹿な…こんなことが…あっていいのか…?」


 ギルバートが渾身の力で放った一撃は、ゴミのように消え去った。義手に嵌めたジェネレータが、虚しく輝く。


 ギルバートは地面に両膝を突き、倒れ込んだ。


 馬鹿な。あの感覚は、確実に勇者を倒せる感覚だった筈だ。


 ギルバートは絶望した。両手を地に突く。土を掴む。


 現実はそう甘くはない。ギルバートは悟った。


 覚悟や信念で、どうにかなるようなものじゃない。どうにか出来るようなものじゃなかったんだ。


 勇者の足音が近づく。妙に遠く、ぼんやりと聞こえるその足音は、夢の中で夢を殺す、死神の足音だった。


「馬……鹿な……俺の……全身全霊が…あんな……余興みたいに軽く……消されるなん……て」


 目を見開く。暗い土。恐怖と絶望にたまらず

 目を閉じる。足音。『待つ』恐怖。開く。土塊。






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