第33話 矜持

「何…で…」


 舞う灰を見た。儚く溶け込む灰を見た。黒い怪物が放った一撃は、一瞬でギルバートの右腕を葬り去った。


 痛みは無い。初めから、そこには腕など無かったかのように、沈黙する切断面。ギルバートの顔は、恐怖に歪んだ。


「う……うわァァーーーーーーッッ!!」


 消される。本能が叫ぶ。無くなった右腕のように、存在まで抹消される。


 青ざめた顔で後退りするギルバート。黒い怪物は、容赦なく距離を詰めてくる。


「ひィッッ……」


 足が疼く。何かに引っ張られたかのように、ギルバートは転倒した。右腕はもう無い。倒れこむ身体を支える腕は一本だけだった。ギルバートは受け身も取れず、背中から地面に激突した。


「あ……」


 衝撃に耐えかねたギルバートが怯んでいる隙に、黒い獣はギルバートを見据えていた。射程を測る。今度は、身体に風穴が空く。


「あ……ああああああッッ!!嫌だっ……死にたくないッッ!!死にたくないッッ!!」


 ギルバートはもがいた。視界に、勇者の姿が写る。


「勇者ッッ!!助けてくれ勇者サンッッ!!アンタ強いんだろッッ!!この化物をどうにかしてくれよッッ!!さっきやったみたいに!!魔法でこいつを消し飛ばしてくれェーーッッ!!」


 必死で叫ぶ。嘆願。哀願。強者にすがり、その庇護を受けようと必死になる。


 だが。


「醜悪だな」


「え……?」


 勇者は踵を返した。


「助けてくれだと?何を都合の良いことを。貴様には魔族としての矜持も何もあったものではないということが今……わかった」


 黒い怪物がまた、あの一撃を放とうとする。存在ごと抹消する黒い塊。暗黒の中から手を伸ばす影。遠ざかる勇者。ギルバートは、必死で叫ぶ。


「何でだよッッ!!さっきは…さっきは俺を助けてくれただろッッ!!一回も二回もアンタなら……強いアンタなら変わらないんだろッッ!!」


「俺は貴様のその態度が気に食わないんだッッ!!」


 勇者の大喝。ざわつく木々が押し黙り、氷のような静寂の刃がギルバートに突き刺さる。


「俺は貴様を助けたわけじゃない……。人間の盾として、メレノを処する役割を果たすためここにやって来た…。魔族である貴様を助ける義理など無い…」


 勇者は一瞬振り向いて、這いずるギルバートを睨んだ。


「だが今は…そんな魔族と人間の話をしているのではない…!!貴様と俺で話をしている……!!貴様は都合良く現れた男に助けてもらって満足なのか…?己の命さえ助かれば他人の力に依存していいのか…?今の貴様に価値など無い…。意地もプライドも捨てた男に手を差し伸べるなど…俺には出来ない…。矜持を示せッッ……!!今の貴様が死んだ仲間に顔向けできるか考えてみろッッ!!」





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