第28話 火砲

「動けるかギルバート。そろそろ行くぞ」


 二匹が森を駆け巡って辿り着いたのは、小さな沼。濁りに濁って灰色に見える。森林に差す光もその沼を照らすことはなかった。


「………おう…」


 薄暗い沼の近くに、巨大な樹があった。二匹はその下で酷使した足を暫く休め、立ち上がった。まだ逃げなければならない。


「ギルバート。この森を抜けたら、北の岩山に向かおう。あそこには青鬼オークがいる。あいつらの居城には人間も寄り付かないだろうから、そこで匿ってもらおう。この森を抜ける頃には日も沈んでいるだろうし、何の障害も無く辿り着けるはずさ」


「そうだな…。事の顛末をオークの長に伝えて、そこで対策を練ろう。人間は何か企んでいるだろうしな」


「……何で急に人間が…俺たちが何かしたのか…?近頃は人間を襲うことも無くなっていたのに…」


「……理由はともかく……人間は許さねェ…故郷を滅茶苦茶にしやがった…。いつか必ず目にもの見せてやる…!」


 クルグとギルバートはまた走り出そうとした。目標はオークの居城、『北の岩山』だ。


 土を踏みつつ、一歩駆け出した。命運を背負った、明日のための逃避行。二匹の小鬼が今、敢行する。









「クルグ…何か気配が…後ろから…」


 沼地を発って、駆け出した二匹。


 暫く走って、夕陽が緑葉を赤く照らし始めた頃。ギルバートが何かに気づいた。


 背後からの冷たい気配。逃げる獲物との間合いを測っているような不気味さに、ギルバートは戦慄した。


 クルグも感づいた。追っ手がついたのか。視線を身体に感じる。


「ギルバート…速度…」


「ああ…」


 二匹は疾走した。更に速く。追っ手を撒くように。


 だが、気配は常について回った。背中の一点を、定めて刺すような気配。


「何だァ…!?こいつはただの追っ手じゃないようだ…。俺たちから常に一定の距離を保って…ぴったりとくっついて来やがる…!何者だ…!?俺らを追う奴は?」


 異様な状況に、クルグは緊張した。張りついて追ってくる者の、静かな殺意。それに似た黒い感情に、押し潰されそうになる。


「くッ…くそッ…おいギルバ…」


 その時だった。


「あッ」


 ギルバートが何かに足をすくわれて転倒した。


 クルグの視界には、どんどん遠くなるギルバートの姿が。


 クルグは足を止め、うずくまるギルバートに駆け寄った。


「こんな時に何やってるッッ!!立て早くッッ!!」


 クルグはギルバートを抱き起こそうとした。

 しかし、ギルバートは立ち上がらない。


「何をやっているッッ!?」


「ごめん…でも俺の足…」


 ギルバートは弱々しく自分の足を指差した。


「足…?足がどうか…………!?何だこれはッッ!?」


 指し示された先。そこでクルグが見たのは、ギルバートの足首を掴むどす黒い指だった。

 長い爪が、肉を抉る程に食い込んでいる。


「ギルバートッッ!!何が起こったか説明しろッッ!!」


「わからない…だがこれだけは言える…。俺はもう助からないだろうから、クルグだけで逃げてくれないか…。さっきから足の感覚が無いんだよ…」


「何を馬鹿なことを!!行くぞッッ!!」


 クルグは足を引き摺るギルバートに肩を貸して、強引に前に進もうとした。


 日が沈んで森の中は薄暗くなっている。夜目は効く筈なのに、木々が囲む暗い道筋の先が、見えないようだった。


「あと少し…あと少しだろ…俺らは生き残らなければ…」


 クルグとギルバートは、暗い道を進んでいく。黒い気配から少しでも離れるように。残虐の二文字を地面に打ち付けたあの場所から逃げるように。


「おいギルバート…入口が見えた…もう少しだ…もう少しなんだ…」


 二匹の生き残り。その希望。細く脆い希望。


 それは、残酷に打ち砕かれた。


「はいはいはい。ストップ、ストォーーーーッップ。そんなクサァい三文芝居はもうオシマイだよ。君達には死んでもらわないと…あの鉱山の秘密を知った君達…ゴブリンにはね…死んでもらわないと困るんだよ」


 火砲ファイア


 不意の声にクルグが振り向いたその瞬間、彼に突きつけられたのは残酷な現実。


 背負っていたギルバートを咄嗟に投げ、クルグは独り、紅蓮の炎に包まれていった。










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