第27話 残り滓の勇気

「はァッッ…!はァッッ…!」


 荒い息に肩を弾ませながら、木陰を縫うように走る二匹の若いゴブリン。


「ぐぞっ…!みんな…」


 年長の一匹が、泣きじゃくる年下のゴブリンの手を引いて、逃げている。


「いつまでも泣いてないで自分の力で走れッッ!!きっとみんな無事だッッ!!無事に決まっているッッ!!」


 年長のゴブリンは腰を抜かしたもう一匹を引き摺るようにして走っている。太陽の光が、深い森に差していた。


「ぞ…ぞう…か…な…?」


 叱責にも近い慰めを受けて、腰を抜かしたゴブリンは自分の足で走り始める。今は細い希望の糸を切ってしまわないように、走るしかなかった。


 二匹は日光を避けて、鉱山から離れていく。彼らの家族や仲間は、とうに洞窟の外に引き摺り出されて、人間の手にかかって死んでいるだろう。涙で霞む視界。手で拭って活路を見出だす。


 年長のゴブリンはとっくに気づいていた。自分たちの仲間はもう助からないのだと。鉱山に棲んでいたゴブリンの中で、生き残っている者は自分たちだけだろうと。一歩踏み出す度に、虚しさが胸を吹き抜けていく。冷たい予感に戦慄する。だが今は、今だけは。彼は自分に言い聞かせるようにして。


「ギルバート…俺らは何を措いても生き延びるんだッッ…!今は…今はそれだけ…ッ!!それだけを考えるんだ……ッ!そうすれば…そうすれば必ず……ッ」


 溢れそうになった涙を走りながらふるい落とす。残りかすのようになった勇気を絞り出して、森を駆け抜ける。


「……そうだよな…クルグ…」


 鼻をすすって答えたのはギルバートという名のゴブリン。年少のゴブリンだ。


 クルグ、彼と共に逃げる年長のゴブリンの激励を受けて、今は逃げるということに専念する。前だけを向いて、木陰を踏みつつ走り抜ける。


 彼は、クルグと共にあの憎悪渦巻く虐殺地帯から逃げ出した。洞窟に毒の煙が充満する中、渋滞する入口を避けて洞窟の抜け穴から外へ出たのだ。抜け穴からは、森に出られる。人間の追跡を掻い潜って逃走するには、最適の場所だった。


 ギルバートは、クルグを見た。彼の悲しそうな瞳を見た。彼もまた、故郷が滅びたという事実を悟っていた。しかし、認めたくなかった。心の何処かで可能性を探した。だが、いくら考えても縋りつける希望など無かった。


 彼はクルグの瞳から、確信を得た。仲間はもう…。生暖かいものが頬を伝う。歪む視界の中で必死にクルグの背を追う。この日、彼らを除く、鉱山のゴブリンは全滅した。

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