第25話 狂奏
「ゴブリン、あの汚ならしい小鬼が、我らの光栄ある道筋にのさばって、人類の偉大なる展望を阻害しようとしている!悠久の繁栄のために、我らが今為すべきことは何か!?」
熱狂する王都の住民は、証拠も論拠も欠落した間者の流言を退けることなく、その話に聞き入った。
誰も、ゴブリンが鉱山の利益を理解しているなどとは思っていなかった。だが、そう思いたかった。そうした方が、都合が良かった。だから、流言を受け入れた.
「ゴブリンごときが、我らの旅路を阻もうと言うのか!?我らは魔族の専横を前に、手をこまねいているだけでいいのか!?否!否ッッ!!答えは否であるッッ!!遂に人間が日の目を見る時が来た!魔族に侵された闇の世界を今こそ切り拓き、人間がこの世界に覇を唱える時が来たのだッッ!!『『勇者』などに力を借りる必要はなくなったッッ!!今度は我ら凡人が日の目を見るのだッッ!!」
間者の流言はやがて、王都下の雄弁に姿を変えた。欲望の火にあてられた者が、民衆を前にして熱く弁舌を振るった。その弁舌に感化された者が、また流言を蔓延させる。
「『勇者』の力を借りる必要がなくなった」という台詞にも、民衆は沸いた。『勇者』は人間だが、魔族に対抗するため、例外的に魔力を体内に備えて生まれてくる。
強力な魔法が使える勇者は、魔族との戦争時においては神格化された。だが、平時において彼の存在は畏怖の象徴でしかなかった。力ゆえに恐れられ、排斥された。一部では、勇者は魔族の血を引いているから、魔法が使えるのだという噂も飛び交った。民衆は勇者を、魔族の延長線上にいる存在として認識していたのだ。
「我らが歩むは天の道ッッ!!我らは技術を超え、伝説を超え、神域に手を伸ばそうとしているッッ!!それを邪魔する者はッ何者であろうと潰せッ潰すのだッッ!!」
人間は、彼ら自身の夢のために、犠牲を用意することにした。ゴブリンを、鉱山に棲み付く小さな魔族を、人間の利益を阻害する害敵と定め、『駆除』することにした。
決行は太陽の下で。
人間は、彼らが支配する光の時間に、暗い陰を落とそうとしていた。
「殺せッッ!!殺せッッ!!ゴブリンは根絶やしだッッ!!人間の障害となった罰をッッ!!その身体に刻み付けてやれッッ!!」
民衆の熱狂は醒めない。都合の良い流言が油となって、民衆の額に垂らされた。燃え盛る欲望の炎は、もう誰にも鎮めることはできない。
「俺も…遂に魔法が…!へへッ…そのためならやってやるッッ…!!」
「我らは魔族に苦しめられてきたんだ…これくらいのことは神様もお許しになるだろう…」
「我らの発展のためにッ奴等を生かしておくことは到底できないッッ!!」
武器を手に取り、次々と街を出ていく人間たち。狂気を孕んだ足音が街道の石畳を打つ。
王宮から、その様子を冷徹に見つめる視線があった。エルメェル伯爵だ。彼は、必死になって走る民衆を蔑むように見つめ、顎をなぞっていた。
「『ゴミ収集』…精々楽しむがいい…」
華やかな宮殿からうってかわって、薄暗い路地裏。そこから、民衆の様子を静かに眺める者もいた。
彼は民衆の足音を聞いて、静かに踵を返した。路地裏に消えていく背中。首には、赤い首巻きがはためいていた。
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