第19話 ゴブリン

「今貴様と私を隔てるものはッ…!何も無い…!防御も…保身も…何もかも置いてきたッ!!有るのは…今ここに存在するのは貴様を道連れに死ぬ覚悟だけだァッッ!!!」


 盾を破壊したムント。僅かに開いた空間。刹那の間隙を、獅子の腕が縫う。


「この一撃ッ…!」


 握られた拳が、白い怪物に向かって弾丸のように射出される。唸りを上げて襲いかかる一撃。並々ならぬ覇気を纏って飛んでいく。


「馬鹿ガッッ!!急所ガオ留守二ナッテルンダヨォーーーーッッ!!!」


 槍となった勇者の腕が、ムントの心臓めがけて放たれる。だが、一瞬遅い。ムントの一撃が、勇者の胸部に到達する方が、僅かに速かった。


「ナニッ!?」


「転生勇者ァーーーーーーーーッッ!!」


 ムントの拳が、勇者の胸部にめり込む。深く、ゆっくりと。確実に、嵌まりこんでいく。


「刻印…ッ…後始末は…頼んだ…」


「野郎ォッッ!!!」


 拳の着弾とほぼ同時に、勇者の槍がムントを貫く。心臓を一突きされた一匹の獅子は、安らかな表情を浮かべて、血を流す。拳は握られたまま。風穴が、致命傷が、身体に刻み付けられる。


「…………」


 断末魔もなく、獅子は静かに散った。刻印。ただ一言だけを残して。胸に空いた風穴を抱いて、中空に葬られる。


「何シヤガッタカ知ラネェガッッ僕ヲ殺スコトハ不可能ダト言ッタハズダッッ!!!無駄ナコトヲッッ!!オ前モ所詮劣等種ッッ!!ソコラノ雑魚ト変ワラネェッッ!!!」


 は刺し貫いたムントの亡骸を、勇者は空中で弄ぶ。変幻自在の両腕を鞭のようにしならせ、あるいは剣のように鋭利に研いで、死骸を徹底的にいたぶる。何の反応も帰ってこないのにも関わらず、勇者は残酷な遊戯を継続する。


「踊レ踊レッッ!!!死シテナオッッ苦シメッッ!!!薄汚イケダモノゴトキガッッ!!僕二盾突イタコトヲ懺悔シロッッ!!!」


 既にムントの死骸は、ズタズタになっている。それでも飽き足らず、勇者はムントを苛み続ける。死後の安息さえ冒す侵略の鞭が、ムントをしたたかに打ち続ける。








「…ケケッッ…!イイ格好二ナッタンジャネェノ?ナァーーーーーーーーッッ?」


 残酷な拷問の後、ムントの屍は解放された。しかし…。


「マアモウ何ガ何ダカワカラナイケドネッ。ケケッッ…!ケヘヘヘヘヘヘヘッッ!!!」


 ムントの骸は、もう原型を保っていなかった。激しい打撃が加えられ続けたことにより、威風を湛えたその姿は、血にまみれて消えた。将軍の姿はもうない。有るのは、痛々しい裂傷が身体のあちこちに刻まれた無惨な死体だけだった。


「コレデ転生勇者二逆ラウッテイウコトガ…ドウイウコトカワカッタヨネ?」


 勇者は、ムントだったモノを足蹴にした。


「ドウシヨウモネェクズガ…ゴミガ…神様二逆ラッタラヨォ…」


 勇者は憎悪に満ちた声で、屍を踏みつける。口許には、狂気的な笑み。


「ドウナルカワカッタカヨォッッ!!!」


 勇者は、屍を思い切り蹴っ飛ばした。ぐちゃ、と水っぽい音を立てて、それは少し遠くまで滑っていった。その様子を見て、勇者は。


「オマエラ魔族ハ僕ノオモチャノママデイレバヨカッタモノノッッ――――――意思なんか持って僕に楯突くからこうなるんだよッッ!!!クズの分際で生意気なッッ!!!どうせ勝てねェのに歯向かってくんなゴミどもがッッ!!!僕はなァ…神から選ばれて…能力を与えられたエリートなんだよッッ!!殺しの許可証ッッ神からのお墨付きをもらって殺しをやってるんだよッッ!!だから大人しく殺されてればいいんだよッッ!!それなのにッッそれなのにあのクソカスは僕に楯突いてェ…あろうことか僕を傷つけやがったッッ!!許されねェッッ!!!絶対に…絶対に―――――許サレネェゾォッッ!!!」


 走り出した。屍に向かって。散々苛め抜いた死体へ。冒涜へ走り出す。また蹴っ飛ばす。いつまでも、衝動が、消えない。


「クソゴミ魔族ガァッッ!!!」






「…」


「ア?ナンダテメェ?」


 ムントの死骸。そのすぐそばに佇む影に勇者は気がついた。光る眼と、緑の肌が顔全体を覆う兜の、僅かな隙間から覗いている。首元に巻いた赤い布が、外套のように風に靡いていた。


「オッさん…死んだのか…」


 佇む兜の男は、座ったまま、ムントの死骸を抱えていた。


「魔族カ…ナラ死ネ…」


 勇者は、右腕を引いて鎌の形へと変化させる。だが、兜の男はムントを抱いたまま動かない。


「こんなズタズタじゃあアンタの息子に会えねぇだろう。これで少しは…」


 兜の男はムントに手をかざした。すると、ムントに刻まれた痛々しい傷が少しずつ治っていった。


「生き返らせることは出来ない…だがこれで少しは…」


「シネ」


 兜の男に、冷徹な刃が振り下ろされる。男の首は、兜ごと跳ね飛ぶ…はずだった。


「てめぇがッッ」


 刃を掻い潜って、兜の男は勇者の鼻っ面に鉄拳を打ちつけた。


「ブバァッッ…!?」


 不意を突かれた勇者は吹き飛ばされ、その場に倒れ込んでしまった。


「てめェが…オッさんをあんな風にしたのか…」


 兜の男の赤い首巻きが揺れる。


「立て…捻り潰してやる…」


 兜の中で、眼が輝いた。


「バッ…!!ギィッッ!!!クソゴミガァーーーーーーーーッッ!!!」


 吹き飛ばされた勇者は、激昂して躍りかかった。凄まじい速度で、兜の男に迫ってくるッッ!!!


「貴様ハモット惨メニッッコノ世ノアラユル屈辱ッッ!!!苦痛ッッ!!!絶望ヲ与エテブッ殺スッッーーーーーーーー!!!」


「オッさん…いや…ムント将軍…。貴方の代わりに、不肖…ギルバート…!緑鬼ゴブリン…ギルバートが…こいつを…ブチのめしてもいいですか…?」


 拳を握る。翻ったのは赤い弔旗か。緑鬼ゴブリンギルバート…今ここに立つ。














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