第18話 永劫回帰

「何ッッ!?きさ…」


 ムントの視界に写ったのは、根源的な恐怖。


「かはァッッ…」


 を認識して間もなく、ムントを覆う重厚な鎧は貫かれ、ムントの腹部は大きく抉られた。


「ふッッ…」


 身体がバラバラになるような激痛。だが、倒れ伏すわけにはいかない。剣を地面に突き刺して、何とか片膝を突く。


 一瞬の出来事。ムントには、何が起こったのか理解できなかった。勇者の死骸。両断された片割れに視線を送ったはずだった。しかし。


「…勇者の死骸が…消えていたッ…!」


 ムントが叩き斬ったはずの勇者の亡骸は、既にそこにはなかった。


「それに…何だ…あの…怪物…は?」


 勇者の亡骸と交代するようにして突如現れたのは、怪物。ムントの前に姿を見せた直後、一瞬で彼の背後を取り、鮮烈な一撃を決め込んだ怪物。


 荒い息を短く吐きながら、ムントは神経を研ぎ澄ませた。消えた怪物の追撃が、来る。


(一体何だ…奴は…。だが…今はそんなことを考えている暇はない…。奴は私を攻撃した…。則ち敵だ。敵ならば…速やかに対処するのみ…)


 目を閉じ、敵の気配を探る。本能に、危険を回避する術を依存する。


(何処からだ…。次は何処から来る…?未だに気配が感じ取れない…。まるで…死者を相手にしているような…)


 凍てつく時間。冷たい沈黙が続いた。怪物は、まだ現れない。


(何故だ…!何故感知できないッッ!!魔獣の感覚、その包囲網で捕らえられない生物がいるものかッッ!!)


 沈黙は続く。


 長い静寂は、ムントの精神を蝕んでいく。待つことに、恐怖を覚える。


(何が起こっている…!?目を開けたら解決するのか…?目を開ければ敵が視えるのか…?わからないッッ…わからないぞッッ!!)


 嫌な汗が頬を伝い、首筋へと流れる。そんな時間を、どのくらい過ごしただろうか。静寂に耐えかねた獅子は、遂に閉ざしていた眼を見開いた。







 は、ムントの目の前にいた。


「ヤア」


「……ッ!!!馬鹿な…この距離で感知できない…だと…私の感覚が鈍ったのか…いや…違う…こいつは…」


「サッキハドウモ」


「こいつはーーーーッッ!!!」


 ムントは咄嗟に盾を構えた。


「ククッッ…『血蛞蝓』…」


 だが、の一撃は、その防御さえも無に帰した。


 白い怪物の手刀が、巨大な刃のような形状に変化した。槍のように鋭利な先鋒を持つそれは、凄まじい勢いで伸長していく。


「ぐッ…何だ…この力ッ!?」


「ケケッ…オカエシ…」


 ムントの盾に、ひびが走る。盾を押さえつけるムントの腕からは、徐々に力が失われていった。


「貴様ッッ…先程の勇者かッッ!!!」


 ムントは、遂に理解した。両断された勇者の死骸の行方。怪物の言動。そして、身を裂くように感じられるこの殺意。


「ククッッ…『永劫回帰』…。殺サレタ僕ノ死骸カラ…新タナ僕ガ萌芽シタ。僕ハ『死』ガ嫌イダ…ダカラ…死ナナイヨウニシタ…。何度デモ…僕カラ僕ガ産マレデル。廻リ続ケテ…無限二進化スル」」


『永劫回帰』によって生まれ変わった勇者。


 その身体は純白で、表面には体毛などなかった。大理石のように滑らかで、極めて無機質な身体。生物とは思えない。


 彫刻のような顔面。涙のように、目元からどす黒い模様が走っている。口許は大きく裂け、狂気的な笑みを湛え続けている。


 四肢は、自在に姿を変える。生物のように蠢くそれは、無機質で非生物的な他の部品に対して、極めてアンバランスだった。


「何だと…!?死骸から新たに産まれただとッッ!?それに死ぬたびに力を増す…だと…馬鹿な…!!魔術の領域を超えている…!これが…転生勇者ッッ…!!」


 ムントは、盾を押さえつけた。刃が、徐々に力を増している。盾の耐久力も限界に近いのだろう。盾が、鈍く叫び続けている。


「このままではッッ…」


(私が…殺される…?)


 ムントの脳裏に、死の像が過った。腹部を無惨に貫かれ、無様に犬死にする己の姿を、無意識に思い描いた。


「ぐゥッッ…!!!……ふッ…」


「ア?」


 ムントは、笑った。


 ムントの腕に、再度力が込められる。だがそれは、己を守るためではない。盾の両端を掴んで、自ら盾を破壊した。


「ナニ?」


「殺されるだと…?ふふッ…上等だ…!!腹を貫かれるだと…?覚悟の上だ…!!だが…」


 盾は破壊された。怪物とムントを隔てるものは、少しばかりの間隙のみ。


「犬死にッッ…!!そんな無様な真似は出来ぬッッ!己を守るためだけの防御ッッ!その果てに何が待つッッ!!何も無いッ!残るのは無様な死骸のみだろうがァッッ!!!私は…私は死ぬなら立ち向かって死ぬッッ!!一度でも…一度でも保身に走った己を…今からぶっ殺すッッ!!!」







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