第16話 重く貫く

「償い…?だとォ…?ククッッ…!!嗤わせてくれるなよ…。生者が死者に何をあがなえる…?何を贖う必要がある?臓腑の拍動を失った薄っぺらい肉の人形…血の脈動を手放した忌むべき残骸に…僕たち生者が何を償うってェーーッッ!?」


 紫の勇者は短剣を閃かせる。生き血を吸って輝く刀身。今、眼前の獅子王に襲いかかって食い千切らん。剥き出す殺意が大手を広げて狙う獲物に飛びかかる。


「何を償うか…だと?」


 迎え撃つムント。右手に握った剣を、一層固く握りしめる。長い爪が、掌に食い込むほどに固く。握りしめる。


「貴様のような軽薄な存在には生涯解らぬことよッッ!!!」


 右肩へ襲いかかる銀色の蛇。ムントは固く握った剣を降って跳ね返す。鋼と鋼の衝突。凄まじい轟音。平原に響いて、広がる草木を平伏させた。


「自らが殺めた存在にすら責任を持てないッ!!まさに愚の骨頂ッッ!!そんな痴れ者が…」


 勇者の重い一撃。撥ね付けたムントは怯むことなくすぐさま体制を整え、眼前に佇む敵を射程距離の中に捉える。


「自らを…」


 標的との距離感を把握した獅子。左手に盾を構え、狙った獲物に突進する。


「勇者などと名乗るなァッッ!!!」


 一回の踏み込み。大地を揺らす怒りの踏み込みが、獅子王ムントを弾丸に変えた。前方へ強く押し出された身体はあたかも鉄塊。風を切り、大地を唸らせる渾身の体当たりは、勇者に追撃を許さなかった。


「ぐァあッッ!!!」


 鈍い音が響く。


 短剣での一撃を遥かに重い一撃で返され、僅かに体制を崩した勇者のどてっ腹に、獅子王の重撃がめり込んだ。


 盾を構える左手に全身の力を一極集中させたような突進。勇者の空いた腹に直撃した。


 衝撃に軋んだあばら骨は脆くも崩壊し、勇者の体内を食い破らんとする凶器へと姿を変えた。肉に突き刺さる骨の欠片。勇者は、激痛に悶えた。


「ぎぃああッッ!!痛い痛い痛い痛いぃッッ!!!」


 ムントの突進を受けて吹き飛ばされた勇者は、地面に激突してのたうち回る。既に身体の前面はズタズタになっていた。


「クソがッッ!!!魔族おもちゃの分際で僕に傷をつけやがったッッ!!!僕にこんな痛い思いを…させやがったァーーーーッッ!!!」


 吐血しながら辺りを転がり回る紫の勇者。常に苛む側であった彼が痛みを味わったのは、これが初めてだった。屈辱感。安全圏に迫った魔獣の手。ヒエラルキーの頂点から引きずり下ろされた偽りの王は、激痛を抱いて地面をのたうち、呪詛を吐いた。


「クソッッ!!クソォッッ!!!魔族が図に乗りやがる思い上がるゥッッ!!僕に一撃を当てた程度でッ!!」


 自らが垂れ流した血でぬかるんだ大地に拳を叩きつけ、勇者は歩み寄ってくる獅子を睨み付けた。喉のつかえがとれない。胸が割れるように痛い。忌むべき『死』の存在を背後に感じて、勇者は無性に苛立った。


「この僕がッッ!!汚れた死骸になるなんてッ!!万に一つもあってはいけないことなんだッッ!!!僕はいつでもッッ!!尊い生者としてッッ!!死を与える側じゃないといけないんだッッ!!!」


 よろめきながら勇者は立ち上がる。


 あたかも生ける屍ゾンビのように。血塗れの風貌で、怨嗟に満ちた表情で立ち上がる。


「ぼ…僕を侮りやがってェッ…!!悠々と歩いて来るンじゃねェぞ…!!」

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