第13話 勇者はまだ舞っている

「あはッッ…!!あハハハハハハははァ!!もっと激しく…!もっと情熱的に…!!どんどんどんどん死んでくれェッ!!それが僕を…僕という存在を肯定する…!殺害こそが僕なんだ…!!」

 


 紫の勇者は暴走する。本能の赴くまま。獣の如く正直に。何の制約も無く己を開放出来る戦場ステージで、勇者は欲望と踊った。彼の表情は、鮮血の中でより一層輝いていた。


「ああ…イイ…!!その表情!!生物が最期に見せる命…その輝きが…君の怯えきった顔に凝縮されている…!!そして…!!その美しさは…僕のナイフによって完成される!!くひィーーーーッッ!!!」


「な…何をしているのですか!?あなたは!ここにいる者はあなたが率いてきた勇者軍ですよ!?敵はあ――――――」

 

 絞り出された言葉は、刃によって閉じられた。勇者軍の男ぎせいしゃの甲冑を貫いて、血塗れのナイフが突き立てられる。短い嗚咽と共にその男もまた、露と消える。最早、この場にいる何者も、勇者の暴力には抗えない。快楽の渦中に身を浸す狂人にとって、敵や味方の括りなぞ有って無いようなものなのだから。


「貴様ッ何をッ――――」

「うわーーッッ!!お気を確かに――――」

「これ以上は――――」

「勇者様ァッッ!!!ここは―――――」


 狂気と快楽の渦。勇者はその中で舞った。主役。血生臭さと、死体に彩られた舞台の上に立つ主役は、紫勇者。うず高く積み上げられた髑髏どくろの階段を上り、苦悶の表情で息絶えた死体が揃えば、鮮血のカーテンが開かれる。舞うのは勇者。引き立てるのは死骸。客席の悲鳴。観衆もまた、死の舞踏の参加者である。次へ次へと、舞台に上がっていった。勇者はまだ舞っている。








「ふゥ~~~ッッ…。ウォーミングアップは…終了…かな」


 天を仰ぐ勇者の足下には、血の河が流れていた。辺りに、生物の気配など無い。ただ有るのは、血なまぐささと死骸だけだ。

 無惨に切り刻まれた哀れな亡者たちが、肩を並べて横たわっている。紫の勇者が駆けた道には、生き物などいない。全て死骸だった。その迅速で、一抹の疑念も抱かない虐殺は、死肉にたかる蝿も寄せ付けぬほどどす黒い邪気を帯びていた。


「じゃア…やろうか…まだまだ獲物チャンはたくさんいる…」


 自らが通った道の途上にいた生物を皆殺しにした殺戮者は、呆然とする魔王軍の一団を捕捉した。ゆらりゆらりと、猫背気味でナイフを握り、獲物に近づいていく。


 躊躇なく死骸を踏みつけながら歩く勇者。一歩ごとに、ぬちゃぬちゃとした感触が足にへばりつく。彼は血の泥濘ぬかるみに足を取られ、上手く移動できないことに不快感を覚えた。


「ああッッ!!邪魔だ邪魔だ!!!死人が、生者の足を引っ張るなッ!!僕は前に進みたいのにッッお前らが邪魔するから上手く進めないだろうがッ!!死骸になった生物に興味なんて無いッ!!僕が価値を感じるものは生きているモノだけだッ!!生きているからこそッ!『死』が輝くんだッ!!死に対してッ恐怖も後悔も畏敬も絶望もッッ!!何の反応も返さないッ!!ただただ受動的になったお前らに価値など無いッ!!生きているからこそッッ!!殺せるのだろうがッッ!!!」

 

 勇者は、天に吠えた。死に対して、傲慢であり謙虚である。それが、この男であった。方向を見失った『死』への究極的な尊敬は、もはや狂信の域に到達していた。温かい『生』と冷たい『死』。この男の中で、この二つが相反することは決して無かった。


 一瞬で訪れた静寂。かりそめの平穏に浸っていた魔王軍も、ほうほうのていで逃げ帰っていた勇者軍も、その場で凍りついた。


 その感情は戦慄か。いや、もっと恐ろしい何かの存在を、その場にいた全ての者が感じ取った。やられる。そう思っても、体が動かない。圧倒的な狂気を前に、筋肉が極度に緊張する。体が震えることなく、猟犬に狙われて、穴蔵に身を隠した兎のように微動たりともしない。


「もうちょっとだけ待ってねェーーッ!こいつらが僕の足を引っ張るもんでさァ!でも…もうすぐ着くから…安心して殺される準備でもしててねェーーーッッ!!


 足元の死体に憤慨しながらも、獲物との距離を確実に詰める勇者。動かない獲物。狩られるのは、必然だった。

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