第12話 切り裂いた『味』

「ゥバァッ…」

「ぎィああ…!」

「ゲぶッッ…」

「あっ…!!」

 

 魔族も人間も、等しく戦場の塵と消える。転生勇者が戦場に降り立ったとき、何もかもが砂に消えた。生命も、勝負も、道理も、秩序さえも。混ざりあって、血飛沫を上げた。


「ふゥゥゥゥふふふふふふふふ!!!ひィえェーーーッッははは!!!この匂い!この色!この味!この雰囲気!これだァ!僕が求めていたのはまさに!!生命いのち倫理ルール罪悪タブー罰則くびきもォ!!!ぜェェェェェんぶ『ないまぜ』にしてるという意識がァ!!僕を昂らせる!!!はァ~~~~~~~ッッッ!!!ぎん"も"ぢイイィーーーッッ!!!」

 

 捻れた至福を象徴する歪な口角と、限界までひん剥かれた白目。紫の勇者は、生き物の殺害に快楽を覚える。


 手に携えたたった一本の短剣ナイフが繊細な皮を裂き、柔らかい肉を切り、生命がこぼした温かい汁をすする。その感覚。味。咥内で混ざりあっていく血潮の奔流が、たまらなく好きだった。


「ああッ…!はァッ…!はァッ…!イイ…。凄くイイ感触だ…!!カワイイよ…!!怯える肉も、震える内臓も…。ぜんぶ…ぜェんぶッ僕のモノだァ!!――――――――」





 ――――背徳は、最高のスパイスだ。転生前夜、彼は刑吏にそう語った。戒められていること。はばかられていること。禁じられていること。やっちゃいけないこと。でも、やめられないこと。それらが僕を、僕だけの絶頂へと導き、浄化するんだ。戒められる程、興奮して、憚られるだけ、やりたくなって。禁じられれば、最高さ。僕の頭には、やっちゃいけないことなんて、何も刻み付けられちゃいない。この世に存在するあらゆる禁忌は、一つ残らず僕の情婦だ。


 薄汚れた椅子に腰掛け、何かを求めるように忙しなく眼球を動かしていた男はそう言うと、不気味に笑ってこの世を去った。


 首を吊られた男。その死体は、笑っていた。まるで何かを期待するように笑っていた。不敵に。希望に満ちて。

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