第11話 もう一人の『勇者』

 勝利に色めき立つ魔族と、逃げ惑う人間。双方を冷徹に、丘の上から見つめる勇者がいた。丘の上から、戦場を見下ろす一人の男。彼は自分が率いて来た兵が、戦場で殺し殺される様を、欠伸あくび混じりにずっと見物していた。


「イキってた癖に、魔族に殺されるのか~。同じ転生勇者として恥ずかしいよ、『八丈 はちじょうしん』。いや、こっちでは『シン・ベルト卿』だったかな。くっ…ダッせェ…笑えるよ。せっかく王国から与えられた僕の兵を貸してあげたっていうのに…あ~あ…ダッせェなァ…」

 

 紫色の衣装に身を包み、短剣を帯びたこの男もまた、翠勇者とともに魔王討伐のために派遣された転生勇者の一人だった。


「くぁぁ~…。…でも、君が死んでくれたお陰で、僕の楽しみが増えたよ。君のハーレム…。妾たちは、僕がたぁああああいせつに飼ってあげるからね。喜べよ?…まあ、それは置いておいて…」


 男は口角を吊り上げ、抑えきれない笑声を漏らした。至上の幸福が、その視線の先にあるかのように。





 虐殺できる魔族が一匹でも増えたこと。それが、純粋に嬉しい。




「さぁあああああて。そろそろ動きますか。ちょうど目の前に、標的はたくさんいるからね。くひ…。楽しみだぁ…。あんな闘いを見せられて、高揚しないワケがないんだよなァ…。僕の前にも、あの骸骨みたいな戦士が、現れてくれると良いなァ…」


 見晴らしの良い丘の上で、仰向けになって寝転んでいた男が起き上がる。手に、短剣が握られた。


「くふ…ひゃァァァッッはァッッ!!!」

 

 狂気的な含み笑いと共に、目下の戦場へ。急峻な坂を高速で下り降ろすその姿。喜ぶ魔族も逃げる人間も、丘から地上に一本の線が引かれたようにしか見えなかっただろう。その線が、何によるものなのかは、誰も知らない。


 彼らが見る最後の光景は、それだったのだから。


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