第9話 閉ざされるのは一切の希望

「死ィねェーーーーーーーーッッ!!!アルダシーィルーーーーーーーーッッ!!!」


 勇者の指から放たれた糸筋のような十本の光が、遥か遠くの戦場に向かってゆらり揺らめく。


 やがて破壊の光は、獣の牙が噛み合わされるようにして、上へ下へと激しく波打ちながら、一つの流れへと集合する。


 渾身。勇者は放った。最期の魔法。道連れの『クラッシュ』。


「ははは…!死ね…!消えろ…!僕の思い通りにならないモノなんて何もかも…ゴミのように…殺して…捨ててやるッッ!!!下等で愚劣で卑俗で矮小で醜悪で狡猾で生きてる価値なんて無いゴミッ!!そんなお前が…魔族が…僕たち風雅崇高上質な転生勇者と同じ地平に生きること自体ッッ!!!そもそも間違ってるん―――――――――――」


「耳障りだぞッッ!!!何が風雅か崇高かッ上質かッ!!!弱者を貶め己の力に溺れる小僧が揃いも揃って意気がりやがるッッ!!!魔族がゴミだと…!?そんな口をもう一度聞いてみろッ…俺の前で言ってみろッッ!!!魔族は誇り高き種族ッッ!!!貴様のような誇りも無い豚ごときが、馬鹿にしていい種族じゃあないぞッッ!!!」


 暗雲渦巻き、雷鳴天を裂く。戦場に吹く風を切り、勇者に振り返ったアルダシールの体を雷が射抜く。悪魔ディアボロス。魔族の誇りを背負った男の背後には、圧倒的な闇が広がっていた。


 漆黒をまとった悪魔が、眼前に迫る邪悪の光、『正義ヒーロー』が放った破壊の光に向き直る。


「歪んだ光などッッ!!!進むべき道を失った勇者などッッ!!!飾り物の正義などッッ!!!何もかも我ら悪魔が捻り潰してくれるッッ!!!半端な覚悟で…ふざけた意思で悪魔に相対した代償はッッ!!!その身で払うのみッッ!!!」


 アルダシールは、勇者が放った破壊魔法を拳ではね飛ばした。光を、殴り飛ばした。


「はァッッ!!!何故だッッ!!何故僕の『砕』が効かないッッ!!!どうしてどうしてどおしてだァーーーーッッ!!!」


 勇者に向かって踏み出した一歩ごとに、漆黒の闇が唸る。勇者は、骸骨の背後に、笑う大悪魔の姿を見た。


「や…やめろ…僕に近づくなッ…!いやだ…怖い…怖いよ…死にたくないッ…!やめろクズがァーーーーーーッッ!!!やめろッッ!!!やめろォーーーーーーッッ!!!」


 鋭い光の矢は歪んだ正義を貫き、否定する。勇者を射程範囲内に捉えたアルダシールは彼を目掛けて、拳。一発を放つ。空を滑るように、天を泳ぐように、アルダシールの拳は勇者目掛けて一直線に射出された。決して比喩ではない。彼の拳は今まさに、『矢』となった。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッッ!!!馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!この僕がッ!!世界の主宰者たるこの僕がこんなァーーーーッッ!!!便所を這う糞虫ごときにィーーーーッッ!!!

 何にも劣る下等生物にィーーーーッッ!!!これは夢だッッ!!きっと夢なんだッッ!!帰ったら僕を待つのはハーレムで僕は天才魔術師で僕はチートで無双して何をやっても褒められて皆が僕を愛して全ては僕の思い通りに――――――」







「ナルワケガナイダロウ?」

 








「ひッ…!!!ぎィァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!!」









 魔族の矢が、転生勇者の身体を貫き通した。


腹に巨大な風穴を空け、勇者は絶命した。そして、膝から崩れ落ちた。破壊の魔術を放つ掌も、超人的な身体能力も、勇者には最早残されていない。後に残るのは人間と同じ、物言わぬ骸のみだった。


 

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