第3話 理無き無双
「あ"あ"あ"あ"ァァァァァーーーッッ!!」
誇りなど無い豚。アルダシールの侮辱が、転生勇者を半狂乱の暴漢に変えた。激昂して襲い掛かってくる勇者に、アルダシールは剣先を向けて、ただ待っていた。
「粉々に砕け散り泥にまみれて死ねェーーーッッ!!」
「ふんッ…!!」
放たれた拳を、刃に乗せて受け流す。大剣の側面を斜めに滑り行く拳は標的をかすめることも無く、空を叩いた。期待していた感触を得られず、勇者は怒鳴った。
「ビビって防御かよ!!無駄なことを!!僕の前では、何もかも無に帰すということを、教えてやるッ!!」
怒りの初撃を空振った勇者はアルダシールを睨み付け、その後何度も拳を振るう。だが、その殺意が、アルダシールに触れることは決して無かった。巨大な剣を盾のように構え、勇者の攻撃を尽く捌く。鉄を激しく打つ音は乾いた戦場に鈍く響き渡り、風や、馬蹄の音をもかき消していく。
「どうした…?その程度か」
「ッッッ…!!!ふぅ…もういいよ」
半ば自棄になって刃を叩いていた勇者は、我に帰ったように突如冷静になった。
軽く後方へ飛んだ後、勇者は身体を翻した。砂塵の中で、回転しながら空を舞い、アルダシールから距離を取る。
「フゥ~…。落ち着いたよ。僕は格闘でも十分無双できるけど…本業はこっち…魔術だ…雑魚と群れ合うのはあまり好きじゃない…。早めに終わらせるよ…」
勇者は、あたかも消耗などしていないかのような澄ました表情で、腕を上げた。あくまで『クール』を貫き通したいのか、面倒臭そうな顔をして、ただ突っ立っているだけのような素振りを維持している。その態度を、アルダシールはほくそ笑んだ。
「おい。何余裕ぶっている?どうして澄ました顔をしていられる?無双だの何だの言っていたが、貴様は既に一度、俺に敗北しているんだ。さっきの差し合いで、貴様は俺に触れることすら出来なかった。妾の前では格好良く、クールな自分で在りたい…相手が何者だろうと、汗一滴垂らすこと無く俺は勝利できる…低俗な魂胆を腹に飼いながら、俺と対峙するのは止めてもらおうか。そんな人間と…刃を交える価値など無い」
「あ?価値?何お前が決めてるんだよ?何勝手に僕の心中を代弁してんだよ?僕は本気を出して無いだけ。お前ごとき、その気になれば何時でも消せるんだよ!!」
『
「終わりだ。雑魚」
アルダシールは異様な気配を感じ取り、防御の体制をとった。が、それは刹那の出来事だった。
「ぐッ…!!うぉぉおおおお!!!」
アルダシールが地面に突き刺した大剣に並々ならぬ衝撃が伝わる。固く握った柄を手放してしまう程にそれは強く、
「ぐッ…!何だ…!?剣がッ…!!」
天を穿つような破壊の波動。その圧力に耐えかねた剣は粉々に砕け散り、盾を失ったアルダシールの鎧をも粉砕した。防具が、一瞬にして虚空の彼方へ消え去った後、アルダシールは後方へ大きく吹き飛んだ。
「ぐァァああああああああ!!!」
骨の体が地面を抉り、骸は戦場に倒れた。うずくまるアルダシールに、勇者は嗤いながら近寄ってくる。
「あッははははははははははァ!!ははは!ははははははははァあああああ!!!」
「ぐッ…!!何が…!!」
「ねえねぇねぇねぇ!!!僕の勝ちだよ?お前に散々侮辱された僕がッ!!お前をッ!!這いつくばらせているんだよォーーーーーーッッ!!!」
歪んだ笑顔から一転。勇者は突然形相を変えてアルダシールを足蹴にし始めた。一撃一撃に、有らん限りの憎悪や怨嗟、抑えきれぬ憤怒が含まれていた。
「くそッ!!ボケがッ!!僕をッッ!!散々ッ!!コケにしてッッ!!僕は王なんだッッ!!誰も僕に逆らうことは許されていないんだッッ!!神も悪魔も天も地もォォォーーーッッッ!!!」
勇者が放った渾身の蹴りが、アルダシールの頭蓋を大きく弾いた。短くかすれた咳音と共に、骸骨の王は大地に強く叩きつけられた。
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