第2話 骸の王

 勇者軍を置き去りにして、右翼側の立て直しを図る骸骨の遊軍。潰走したジギス軍の残党をかき集め、士気を戦場に取り戻すことが先決であった。


「お前らッ!右翼に回るぞッ!後ろのクソったれ共は放っておけ!俺達の速度についてこられるはずがない!」


 骸骨馬の集団が大地を踏み均す。骸骨スケルトンの中でも、選り抜きの精鋭達が駆る名馬だ。一度遅れをとった翠勇者軍には、追い縋る権利さえ与えられていないように見えた。一見は、だ。


「ア…アルダシール将軍!!あれを!!」


「何だ?」


「私達に、またもや追っ手がかかって…!」

 

 骸骨の将軍アルダシールは馬が激しく巻き上げる砂塵の中に、揺らぐ人影を見た。確かに、後方から追っては来ている。


「馬鹿め…!追いつけるはずが無い…!もう十分引き離したはずだ…!あっちの指揮官は、この状況が理解できないのか…!?」

 

 もう一度振り返る。やはり、一度開いた差は歴然だ。目で見て、すぐに分かる。


 だが、アルダシールは、妙な気配を感じ取っていた。何か、どす黒い何かが、こちらに向かって来る。悪魔よりも深く、暗い闇が。


「マルテル…。俺に代わって、この遊軍を指揮する心の準備をしておけ…!俺は今より、この軍団から離脱する…!!」

 

 アルダシールは、隣で浮遊する副官の亡霊レイスを見た。


「将軍に代わってですと!?いったい何を仰る!?この骸骨騎馬軍は、骸骨の王たる貴方が指揮してこそ…!!一介の死霊に過ぎぬ私には、背負いきれない大任でございますぞ!!」

 

 マルテルは反抗した。将軍不在の軍団など、木偶同然だ。魂、いわば精神力で動く骸骨馬の軍団なら尚更だ。士気の低下は、そのまま馬に響く。アルダシールがこの場から去ることは、騎馬隊の崩壊を意味していた。


 だが、そんなマルテルの抗議を撥ね付けるように、アルダシールは怒鳴った。


「マルテル!!何のために貴様がいる!?大将の命ならば、何としてでも遂行するのが副将の役目だろうがッ!!甘ったれたことを言うんじゃあないぞッ!!」


「貴方はいったい何を考えていらっしゃるのか…!!何故急に離脱などと…」

 

 マルテルは言いかけて、止めた。視界の端に写った光景が、彼にそうさせた。


「あ…ああ…!!」

 

 絶句するマルテル。彼の眼は、こちらに向かって飛来する追跡者を捉えていた。


「な…何だ…!?私は何を見ているんだ…!?女が、勇者を膝に乗せたままッ…!飛んでくるッ…!?」


 眼を疑うような光景がそこにはあったが、それは紛れもない現実だった。目の前で起こっているふざけたような出来事を、完全に否定できる者は誰もいなかった。


「はッ…速いッ…!!骸骨馬に匹敵…いや…それ以上かッ…!!何故だッ!!」


「チッ…!やはりか…!!あいつもただの『勇者』じゃあなかった…!!クソがッ!!悪い予感ばっかり当たりやがらァ!!」

 

 アルダシールは、走り続ける馬の背に立った。背中の剣を抜き、追跡者を見据えた。その姿には、確固たる覚悟があった。


「後は任せた。俺はこれより、将として、一騎討ちに臨む」


「なッ!?」


「奴はただの勇者じゃない。『転生勇者』だ。奴をここでブチのめさないと、この遊軍はおろか、他の隊まで全滅する。だから、俺は行ってくる」


「早まってはいけませぬッ!!まだ対処法はあるはずですぞッ!!私は―――」


「黙れ!!御託を捏ねるなマルテル!!魔王様にあんなボケ勇者の刃が届いても良いと言うのかッ!?俺は全体に奉仕するべき立場にいるッ!!己の身を可愛がってなどいられるかッ!!」


「ッ……!!将軍…!!」


「いいか!第一に無駄な犠牲を減らすことを考えろ!真っ先に右翼の救援に向かえ!!」


 アルダシールは、からだから覇気をみなぎらせていた。握る大剣の柄に、力が籠る。


「マルテル。魔王様と、この騎馬軍を頼んだぞ…!この戦闘が終わっても…戦はまだ続くのだからな…」


 アルダシールは、大きく翔んだ。遊軍に背を向け、遥かなる砂塵の中へ。マルテルの声も、アルダシールの姿も、連なる馬蹄と風の中へ消え去った。






「おっ。また何か来たよ」

 

 翠勇者は妾の膝枕を堪能しながら、緩みきった表情でアルダシールを指差した。勇者の声には、侮蔑と嘲弄のニュアンスがあった。にやにやと粘着質な笑みを浮かべて、騎馬隊の将軍を見る。


「…」

 

 アルダシールは、自分の背丈をも超えるような大剣を携えて、沈黙していた。


「お~い!!何しに来たの~。邪魔だからそこを退いてよ~」


「貴様が…『転生勇者』か…」


「何何何?何でこいつ僕を知ってるの?ねぇ~怖い~!!こいつ怖いよ~!!」


「フン…!ふざけた野郎だ。貴様のような豚を相手にする俺の身にもなってくれ」


「あ"あ"ッ!?豚ァ!?誰に向かって言ってんだ!!??」


「女の膝でブヒブヒ鼻を鳴らすてめェに言ってんだよ。プライドも何も有ったもんじゃあ

 ねェ。力だけを神から恵まれたブタに言ってんだよ」


「ああもういい殺す。お前こそズタズタにして犬の玩具にでもしてやる。ちょうど獣人の奴隷を買ったんだよねぇ~~!!」


「馬鹿が。やってみろッ!!ブタッ!!」


「あ"あ"!?それ以上僕を豚って呼ぶなァーーッッ!!!僕は神だ!!美女も僕に服従する!!何をしても崇められる!!奉られる!!チートで無双だってできるッ!!僕のサクセスストーリーにお前らみたいなゴミクズは必要ないんだよォーーーーーーッ!!」


 激昂した翠勇者シン・ベルトがアルダシールに向かって猛進してくる。アルダシールは一息ついて、大剣を構えた。


大魔王アガメムノン麾下骸骨騎馬隊長…!骸骨の王キング・オブ・スケルトン漆黒の骸アルダシール…!参る…!!」

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