ディアボロス ~転生勇者があまりにも滅茶苦茶なので、俺、序盤のゴブリンですが奴らをブチのめしていいですか?~

az tec

鮮烈なる刺客

第1話 魔王軍遊撃部隊より

「おい!!本隊はどうなってる!?なんでクソったれの翠勇者シン・ベルト軍が遊撃部隊の俺たちをつけ狙う!?ヤツらがりあっているのは、本隊右翼のジギス軍だろうがッ!!」


 人間の喚声と魔族の狂騒で混迷を極める戦場。漆黒の鎧兜を纏った骸骨スケルトンは叫んだ。馬上から見える光景が、にわかには信じられないものだったからだ。


「右翼、ジギス将軍勢はッ!!潰走したものかとッ!!」

 

 骸骨の隣に控える、亡霊レイスが答えた。彼も、骸骨と同じ光景を見ていた。からからと乾いた音を立てて走り始めた骸骨馬ケルレリウス。その数千の蹄が、差し迫った状況を象徴していた。


「何だとッ!?あの蜥蜴野郎ジギスッ…!いったい何考えてやがるッ…!くそッ!文句を言っても仕方ないというこの状況自体ッ!イライラすらァ!!」


 右、という指令を発し、骸骨は馬首をめぐらせた。瞬間、骸骨率いる死霊の軍勢は、一挙に右折。後方に張り付いていた追跡者をまたもや引き離した。


「ヌルい血が通ったそこらの馬じゃあ到底敵わねェ。俺の騎馬兵にはな。地平の果てまで追ってみるか?負ける気は全然しねェけどよォーーーッ!!」


 一度埋まった間隙に、入り込む余地などもう残ってはいなかった。死霊の遊撃部隊は、翠色の勇者が率いる騎馬隊を置き去りにし、向かうべき戦場へと走り去っていった。


 機動力において、骸骨馬に匹敵するものは存在しない。筋肉こそ完全に削ぎ落とされていたが、骸骨馬が勝負するのは『そこ』ではない。馬の主たるスケルトンの魂のみが、ただの馬の死骸を、陸上最速の名馬に仕立て上げていた。


「シン・ベルト卿…!奴らをこれ以上追うのはとんだ徒労にございます!ここは退き、潰走した軍勢が再集結する前に叩くことが先決かと…」


「………」

 

 翠勇者シン・ベルトと呼ばれる男は、側近の進言を承認するかのように、沈黙したまま、兵を動かさないでいた。


「流石に追っては来ねェよな?無駄に兵馬を疲弊させるだけってことに気付いたようだなカメムシ勇者?そうだよ。てめェらはそこで指を咥えて見てるだけでイイんだよォ!!」

 

 漆黒の骸骨は揺れる馬上で高笑いした。骸骨勢と翠勇者軍との距離は更に開き、もはや追跡など不可能だと誰もが思った。骸骨軍も。翠勇者の兵隊たちでさえも。


 だが。


「お前。僕に何言った?」


「えっ…。他の部隊を叩こうと」


「違う違う。そこじゃないよ。もっと前」


「ええ…と…。奴らを追うのは無駄であるので、ここは退き――」

 

 翠勇者の側近が、ある言葉を再度口にした瞬間、彼は死んだ。彼の上半身は、馬上から綺麗に消え去った。あたかも水が蒸発するかのように、自然に、静かに、霧散した。


「退く。僕の前でよくもそんなことが言えたね。この僕の前でぇ~~~~~」

 

 翠勇者は、残った下半身を強く揺さぶった。何度も何度も、詰問するように。


「ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?何でそんなことが許されると思ったの?何でただの人間だったお前如きが、僕に意見したの?楯突いたの?教えて?教えてよ?教えろ」

 

 翠勇者は怒りで顔を赤くしていたかと思うと、唐突に冷徹な表情になった。そして、側近の下半身を投げ捨て、近隣に侍らせていた女性のもとへすり寄った。


「ねえ~~。僕傷ついたよぉ~~。馬鹿な部下の心無い一言で傷ついちゃった~~。慰めてよぉ~~。慰めてェ!!」

 

 すり寄る翠勇者を笑顔で受け入れた白い髪の女は、彼の頭を膝に乗せた。そして、彼の頭を撫で始めた。


 奇怪な光景と、突如現れた女の美貌に兵は息を呑んだ。大陸中探しても、見つからないような美女が、凡庸で軟弱そうな男に膝を許している。彼らの内の一人が、思わず質問した。


「あのッ…!そのような美しい奥様ッ!何処で見定められたのですかッ!きっかけはいったいなん――」

 

 彼の身体もまた、霧と消えた。


「五月蝿いなぁ…!僕は今、リラックスが必要なんだよ!!ごちゃごちゃ話しかけてくるな!!ゴミが!!それと奥様だと?違うね!こいつはめかけの一人に過ぎない。僕の『ハーレム』のね。お前らは同じ料理を二日連続で食べたいか?僕は今日こいつの気分だったから、こいつを選んだんだよ。転生者ぼくたちには、当たり前の享楽さ。お前ら庶民は絶対に味わうことはできないが…ね」

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