第888話 やぽー

幼い娘が喋りだした。その言葉は「やぽー」だった。やっほーって言おうとしたのかな。それがおかしくて私は笑っていた。私が笑い転げるその様子を見て娘も笑っていた。幸せな日々が続いていたが、父の病死をきっかけに不幸が次から次へと降り注いだ。母の若年性認知症の発覚、夫の自殺。夫の抱えていた借金は膨れ上がり、返済に追われる為に私も働きに出るようになった。仕事と母の介護に追われる毎日。私の体は悲鳴をあげ、疲れ果てていた。娘もまだ小さいし、子育てをしながら暮らしていかなければならない。その絶望的な気持ちにどうしようもなく、私はついに涙を流した。娘の前では泣かないようにしようと決めていたのに、自然と涙が止まらなかった。


「やぽー!」

娘は泣いた私を見て、笑顔の言葉であるやぽーと発した。でも私は笑えなかった。


「やぽー!」

「やぽー!」

分かった。笑う。笑うから。今日も魔法の言葉やぽーを聞きながら生きる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る