第877話 行かないで

ずるいよね。旅立つ君に私は、事故でバスが止まればいいのにって思ってしまう。


言えなかった。沢山の言葉を。

本音では、沢山のさようならの言葉ではなく、行かないでの気持ちを伝えたかった。


「手紙書くから」

「メールでいいのに」

「手紙の方が味があっていいでしょ?」

「まあな」


聞こえてる?私の言葉。

行かないで。ずっとそばにいて私を抱きしめて。


歩いていく君の背中を見送って、私は君が見ていないのを良い事に涙を流した。行かないで。


「あっ、そうだ」


彼が突然何かを思い出して後ろを振り向いた。まずい。涙を見られてしまう。


「どうしたの?泣いてる?」

「目にゴミが入っただけ」

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「目薬買ってこようか?」

「いい」

「そっか。じゃあ行くね」

「行かないで」


私の本音の言葉が口に出た。すると彼は私をそっと抱きしめてこう言った。


「必ず帰ってくるよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る