第35話 ♂トナカイの少年


 二学期が終わり、冬休みになった。


 球技大会が終わった後も、みんなとは変わらず学校で集まっている。

 休みの日にはショッピングモールへ行ったり、ファミレスでお話したりと、より距離が近づいた気さえする。


 育美と二人で会うことも増えた。

 先週もゲームセンターに行って、UFOキャッチャーで何のキャラクターかもわからないぬいぐるみを取ってあげた。


 今日はクリスマスイブ。

 誘うかずっと迷っていたら、育美からお誘いの連絡があって嬉しかった。


「お待たせ」


 駅前で待っていると育美が少し大きな荷物を持ってやってきた。

 何か大きめなプレゼントでも用意してくれているのだろうか……


「どこか行きたいところある?」


「ええ。ネカフェに行きましょう」


「わかった」


 育美は会うと必ず行きたいところを用意している。

 俺としてはデートの場所をあれこれ考えずに済むので助かっている。 


「あっ、でも俺あんまりお金無くて、ちょっとしか利用できないかも」


 昨日、育美へのクリスマスプレゼントを買ったらお小遣いが無くなってしまった。

 家は裕福ではないので、お小遣いが少ないのは辛い。


「安心して。足りない分は私が払うから」


「……ごめん、助かる」


 育美はよく俺の分までお金を出したり、何かを買ってきてくれたりする。

 申し訳ない気持ちしかないのでいつも遠慮するのだが、育美は私が付き合わせているからと嫌な顔一つ見せないでお金を払ってしまう。


 今はお返しができないけど、高校生になってアルバイトができるようになったら育美にいっぱいプレゼントを渡したい。

 いつか、育美と一緒にアルバイトでもできたら楽しそうだな……


「何で今日はネカフェなんだ?」


「前に美波と来たの。したら、カラオケよりも居心地の良い個室だったから」


 俺も美波に誘われて一度来たことがある。

 でも、その事実はあえて隠しておいた。


 受付を済まして部屋に入る。

 少し高めの金額を払ったのか、前に美波と来た時よりも広い部屋となっている。


「でも、クリスマスに俺と会ってくれんだな」


「クリスマスは明日でしょ? 申し訳ないけど、クリスマスは家族が色々とお店やケーキを予約してしまっているのよ」


「いや、イブに会えるだけで嬉しいって。イブでもみんなクリスマスだと思っているだろうし」


 これはクリスマスデートだよな?

 まだ恋人じゃないけど、男女でクリスマスに会うなんてもう限りなく恋人に関係だよな?


「どうしてクリスマスに私に会えると嬉しいの?」


「えっ、クリスマスって好きな人と過ごす日じゃん。だから、その……」


「そ、そうね」


 答えるのは恥ずかしかったが、聞いてきた育美も恥ずかしそうにしている。

 こんな何気ないやりとりが、たまらなく楽しい。


「それで、今日ネカフェに来たのは何か理由があるのか?」


「せっかくのクリスマスなんだし、そういう気分を味わいたいと思ってね」


 そう言いながら、育美は少し膨らんだ鞄から未開封のサンタの衣装を取り出した。


 まさか、サンタのコスプレでもするというのか……

 育美はいつも予想もつかないことをしてくるので、俺としては日常に刺激を与えてもらっている。


「サンタの格好をするってことか?」


「そうよ。着替えるから後ろ向いてなさい」


 俺が後ろを向くと着替える物音が聞こえてくる。


 同じ部屋でも平気で着替えられるなんて、育美はやっぱり少し変わっているな。

 俺はめっちゃドキドキしているけど、育美は何も感じないのだろうか……


「俺がいても恥ずかしくないのか?」


「少しね。でも、別に見せるわけではないもの。振り返ったら、とんでもないお仕置きがあるから絶対に振り返っては駄目よ」


 育美からのお仕置きは受けてもいいので、逆に振り返りたくなってしまう。

 でも、これは男としての信用問題に関わってくるから我慢しないとな。


「何よこれ、露出が多いわね」


 振り返ると、そこにはへそ出しミニスカセクシーサンタが立っていた。

 こんなエッチなサンタさんが、この世にいたとはな……


「どこで買ったの?」


「ドンキで売ってたの。クリスマス前だったから、ほとんど売り切れてて、これだけ唯一残ってたのよ」


 ドンキはちょっとエッチなコスプレ衣装とか売っているから、そのエリアで買ってきてしまったのだろうか。

 とりあえずドンキには、良いものを見せてくれてありがとうと感謝を言いたい。


「じゃあ次はあなたよ」


「俺の分もあるのか。でも、サンタの格好をするとか初めてだな……」


「何を言っているの?」


「えっ?」


「あなたはこれよ」


 育美から茶色の衣装を渡される。

 これはあれだな……人じゃないな。


「もしかして、俺はトナカイ?」


「ええ。サンタは一人で十分でしょ?」


 育美が背を向けたので、俺はトナカイの衣装を着る。

 わざわざ買ってきてくれたの物を無下にすることはできないので、黙って着るしかない。


 育美の背後で着替えるのはドキドキする。

 トランクスを脱いでCHIMPOを出してしまったが、トナカイの衣装は着ぐるみのようになっているのでトランクスまで脱ぐ必要はなかったな。


 トランクスを履き戻して、着ぐるみを着てトナカイへの変装を終える。


「着替え終えたぞ」


「……ええ」


 振り返ると何故か顔が真っ赤になっている育美。

 何か恥ずかしいことでもあったのだろうか……


「どうだ?」


「何で突っ立っているのかしら? トナカイは四足歩行よ」


「ご、ごめん」


 トナカイなのに立っているのが気に食わなかった育美。

 俺は言われるがまま、四つん這いになった。


「あら、可愛いわね」


 育美に可愛いと言われて嬉しくなる。

 セクシーサンタに可愛がられるのなら、トナカイとして生きるのも悪くないと思えてくる。


「七渡にはトナカイが似合うと思ったのよ。私の目に狂いはなかったわね」


「トナカイが似合う男ってなんだよ」


 まるでペットを可愛がるように、頭を撫でてくれる育美。


「悪くない気分ね」


 育美は四つん這いになった俺の背中に座って楽しそうにしている。

 体勢がキツくて苦しいのに、もっと座ってて欲しくなる。


「プレゼントを届けに行かないと」


「トナカイは話さないわ。トナカイの鳴き声で鳴きなさい」


 トナカイの鳴き声なんて聞いたことがない。

 俺はどうすればいいのだろうか……


「となかい~ん」


「あなた馬鹿なの?」


「おいっ!」


「ふふっ、冗談よ」


 育美に馬鹿にされてめっちゃ恥ずかしくなった。


 冷静に考えると、この姿は誰にも見せられない。

 こんな恥ずかしいことを受け入れてるなんて、もう育美に心も身体も支配されてしまっているのかもしれないな。


「これ、頑張って私の無茶ぶりに応えてくれたご褒美のプレゼントよ」


「えっ、ありがとう」


 育美からプレゼントが手渡される。

 安っぽい包装ではなくオシャレで凝った包装となっており、見るからに高価そうなプレゼントだ。


「開けていい?」


「ええ」


 包装を外して中身を確認すると、高そうなネックレスが出てきた。


 銀のチェーンで、メビウスの輪が施されたネックレスだ。

 凄いプレゼントだけど、まだ子供っぽい俺に似合うだろうか……


「何これ、カッコよ!」


 早速付けようとして、首にかけてみるが上手く付けられない。

 その様子を見た育美が、背中に回って付けてくれた。


「ありがとう。ネックレスとか初めて付けたよ」


「喜んでもらえてなによりだわ」


「こういうのが似合う男になっていきたいな」


「良い心構えね。ちなみに、私と会う時はそのネックレスを必ずつけてくること。忘れてしまったらお仕置きが待っているから気をつけなさい。何かに悩んだり苦しんだりした時は、それを見て私を思い出すのよ」


 ネックレスの付いているメビウスの輪を握って、頷いた。

 これはもう育美の分身だと思って、大切にしていこう。


「あ、あの、俺からも、これ」


 育美からのプレゼントが凄かったので、渡し辛くなってしまったな。

 先に渡しておけばよかったと今さら後悔する。


「あら、プレゼントを用意してくれてたの?」


「当たり前じゃん。大切な人なんだから」


 俺の言葉を聞いて笑顔になる育美。

 サンタの衣装も相まって、とんでもなく可愛いな。


「育美は金持ちだから、あんまり嬉しくないかもしれないけど」


 俺は育美へプレゼントを渡す。

 顔を直視できず、解放されている育美のお腹を眺める。


「そんなことないわ。ずっと大切にする」


 俺も育美と同じでアクセサリーを選んでいた。

 そこまで高価な物は買えなかったけど、喜んでもらえてよかった。


「こっちへ来なさい」


 ソファに座った育美に手招かれて、抱きしめられる。


 剥き出しになった育美のお腹に顔を置いて、育美の温かさが直接伝わってくる。

 この心地良さは、今まで感じたことのないものだった。


 また来年も育美とクリスマスを過ごしたい。

 次はちゃんと恋人としてのクリスマスにしたいな――

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