第34話 ♀挑む少女


 今日は球技大会が行われている。


 負けず嫌いな私は、勝ちたいという気持ちが強い。

 でも、バスケはチームスポーツだから私の気持ちだけではどうにもならない。


 そんな思いを抱いているのに、今は楽しいという気持ちが湧き出ている。

 みんなと一緒に真剣勝負を挑めることに喜びを感じている。


 あの美波もふざけずに真剣に取り組んでくれている。

 彼女のことを少し見直したわね。


 時刻は午後となり、三試合目が終了した。

 三年生との試合で、16対12の辛勝だった。


 私や美波の得点が倍になっていなかったら負けていたわね。

 未経験者の女子は得点が二倍というルールに助けられた。


 次は準決勝だ。

 相手はあの石田先輩がいる二年生のクラスとの因縁の試合になった。


 既に石田先輩を一度負かしているけど、バスケでも負かすことができれば完全勝利だ。

 合法的に相手を倒せるなんて、やはりスポーツは良いものね。


「次は絶対に勝つよ! 死ぬ気でやって!」


 私の顔を見かけた石田先輩が、チームメイト達を鼓舞し始めた。


「たかが球技大会にだりぃって」


 石田先輩のクラスは前の試合を見て強いと思ったけど、どこかまとまりのないチームでもあった。

 今も石田先輩はやる気のない生徒に手を焼いているようだ。


「勝ったらエッチしてくれる子紹介してあげるから」


「……次の試合、たとえこの身朽ち果てようとも必ず勝ってみせる」


 石田先輩の一言で真剣な目になった男。

 あんなクズ共には負けたくないわね……


「次の試合は負けられないの」


 私はみんなに向かって声をかける。

 次は大事な一戦だから、私もキャプテンとしてみんなを鼓舞しないと。


「どうしてだ?」


 黄瀬君は理由を聞いてくる。


「私を退部に追い込んだ先輩がいるの。だから、絶対に勝ちたい」


「そんなこと言われちまったら、やるしかねーだろ」


 私の言葉を聞いて、気合を入れてくれる黄瀬君。

 不健全な理由でやる気になった男より、熱い気持ちでやる気になった男の方が絶対に強いはず。


「変に挑発されて乱されんなよ」


 強敵を前にしても、余裕な態度を見せる廣瀬。

 その姿は頼りがいがあるし、味方だと心強い。


「挑発して痛い目を見てるから、ビビって何もできないと思うわ」


 先輩には既に直接対決で叩きのめして、決着もつけている。

 あの日から私とすれ違っても、震えながら目を逸らしていた。


「俺もあの女の先輩にはムカついてるから、めっちゃ頑張るぞ」


「どうして?」


「そ、そりゃ、俺の大切な人を傷つけた奴だからな」


 七渡の言葉が嬉しくて、飛び跳ねそうになってしまった。

 私も七渡のことを大切な人だと思っているので、私の想いは一方的ではないと確認ができた。


「それに、前に俺のこと殴ってきた野球部の先輩もいやがる」


 七渡は前に先輩からいきなり殴られて頬を腫らしていたことがあった。

 その先輩の背中を七渡は睨んでいる。


 七渡を傷つけていいのは私だけ。

 七渡の言葉を聞いて、私もより負けられなくなってしまったわね。


 準決勝が行われ、試合が始まる。

 廣瀬が開始早々に点を入れると、その後も黄瀬君がスリーポイントシュートを決めてくれた。


 このレベルになると、女子で活躍するのは難しい。 

 シュートを狙うよりも、パスを確実に通すことを考えないと。


「生意気だぞ一年が」


 私達の好調に機嫌を悪くしている野球部の先輩。

 七渡や美波を睨み、ビビらせようとしている。


「偉そうですね二年さん」


 私は先輩を睨み返す。

 ちょっと先に生まれただけの人を恐がる必要は無い。


「チッ、調子に乗んなよ?」


 先輩の言葉は無視する。

 調子に乗ってるか乗ってないかをやたら気にする男にロクな奴はいないもの。



 試合は続き、残り時間が半分となったところで得点は7対6になる。

 やはり先輩達は強いチームなので、今までにはなかった負けるかもしれないという危機感が生じている。


「一樹!」


 七渡はゴール下からシュートを打てずに、廣瀬へパスを出した。

 その後に、試合中に機嫌を悪くしていた野球部の先輩がパスをカットする構えで七渡へ突っ込んだ。


「いでっ!」


 七渡は吹き飛ばされて床に転がっていく。

 派手に転んだ七渡は立てずにその場で苦しそうにしている。


 明らかに先輩はパスカットに見せかけて七渡を押していた。

 どうやら、不正をしてまでも勝ちにきたみたいだ。


「ははっ、ざまぁ。吉沢君、よくやった」


 倒れた七渡を見て笑っている石田先輩。

 そのまま石田先輩は、パスをカットして手にしたボールをドリブルで運び始める。


 類は友を呼ぶなんて言葉があるけど、相手チームはどいつもこいつもクズばかりね。


「返して」


 一瞬の隙を突き、ドリブルしているボールをカットして自ら拾った。

 これで私にも反撃ができるわね。


「死になさい」


 私は近くにいた石田先輩の顔面に向けて全力でボールを投げた。

 咄嗟の反応で避けられたが、それでもかまわない。


「ちょっと!? ラフプレーで反則でしょ!」


 私の投げたボールは起き上がった七渡の元に渡る。

 パスを受け取った七渡は倒れていてノーマークだったこともあり、そのままシュートを決めてくれた。


「ただのパスですけど」


 石田先輩に当たっても問題無かったし、避ければ七渡へのパスになった。

 どっちに転がっても私の勝ちだった。


「そ、そんな……」


「それに、本物のラフプレーは、あなたのチームメイトみたいだけど」


 先ほどから荒れていた野球部の先輩はドリブルで抜かされた黄瀬君を後ろから露骨に押して退場になった。


「あ、あの馬鹿っ」


「あなたもあれと同じレベルの馬鹿よ」


「くっ」


 退場した先輩に代わって入った生徒は運動神経の悪い男子だったので、戦局がガラっと変わった。

 先輩達のラフプレーを周りの生徒達が見ていたこともあり、みんなは私達の応援ムードにもなっていた。


 それからは試合を優位に進められ、最後は私がドリブルシュートを決めて15対6の圧勝となった。


「よっしゃぁ!」


 勝利に喜びを露わにしている七渡。

 廣瀬や黄瀬君も嬉しそうにハイタッチしている。


 応援してくれていたクラスメイト達からもおめでとうと声をたくさんかけられる。

 でも、まだこれで終わりじゃない、私達が目指すのは優勝よ。


「お疲れちゃん」


 私にタオルを持ってきてくれる美波。

 先ほどの試合でも活躍はしていなかったが、よく走ってくれていた。


「ありがとう。無理させちゃって悪いわね」


「まぁ人生で一日くらい無理しても良いかなって」


 美波と友達になれて良かった。

 いつもふざけてばかりだけど、ちゃんと大事な場面では空気を読んでくれる。


「あと一勝よ。頑張りましょう」


「お~!」


 みんなと円陣を組んだ。


 私も七渡も美波も一樹も、三ヶ月間何度も一緒に練習した。

 だからこそ、一年生ながらにここまで来ることができたんだ――




 決勝戦はあっさりと負けてしまった。

 男子バスケ部と女子バスケ部の部長がいる二年生クラスで、明らかに実力の差があった。


 それに、七渡の動きがおかしかった。

 準決勝の試合で倒された時に怪我をしていたみたいだ。


 でも、彼は一度も弱音を吐かなかった。

 痛いの我慢してずっと試合を続けていた。


 彼は決してバスケが上手いわけではないし、運動神経も良いわけではない。

 だけど、誰よりも根性はあったみたいね。

 その姿を見て、より彼のことが好きになった。



「……優勝できなかったわね」


 放課後の教室の窓から外を見ながら、私は七渡と話す。


「まだ一年生なんだから、チャンスはあと二回あるだろ」


「あなたと別のクラスになったらどうするのよ」


「それはそれで面白いじゃん。次は決勝戦で俺を倒して優勝とかさ」


 七渡と本気で対戦することを想像してみたが、それはそれで面白そうだった。

 そういう勝ち方も悪くないかもしれない。


 でも、できれば一緒が良い。

 七渡と喜びを分かち合いたい。


 今日優勝したら七渡に私と付き合える権利というご褒美をあげようと思っていた。

 というか、それは今思うと自分へのご褒美だったかもしれないわね。


「今日の須々木、めっちゃカッコよかった。惚れたわ」


 七渡は尊敬の目で私を見てくる。

 その目は嫌いじゃないし、むしろ可愛いから愛でたくなる。


「今日のあなたも、とてもカッコよかったわ。私も惚れた」


「俺は別に活躍してねーだろ」


「あなたの中身に惚れたのよ」


 私の言葉を聞いて、顔を真っ赤にしている七渡。

 七渡みたいに可愛くて我慢強い男はたまらないものね。


「あっ、部活行かないと」


 恥ずかしいからか、私から逃げるように部活へ向かおうとする七渡。


「行く必要は無いわ。私が廣瀬に七渡を休みにしてもらうようお願いしたから」


「えっ、何で!?」


 私はもう先手を打っている。

 彼のことは何でもわかるから、行動も予想できる。


「怪我してるんでしょ?」


「……バレてたか」


 彼がどうしても無理をしてしまうなら、私が止めてあげないといけない。

 私も彼と同じで無理をしがちだけど、彼も私の無理を止めてくれるもの。


「今日は黙って私の傍にいなさい」


「うん。そうするよ」


 しばらくの間、七渡に寄り添って、燃え尽きてしまった気持ちをお互いに癒し合った。


 明日からはまた、七渡とバスケ練習という名目無しで会うことになる。

 でも、今度はもう大丈夫そうね。


 だって、私も七渡も、お互いに惚れ合っているのだから――

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