第33話 ♂挑む少年


 遂に球技大会の日になった。


 俺達はこの日のために練習してきたこともあり、少し緊張もしている。

 今までの人生で、こんな日は無かった。


 きっとこれから学校への受験とか会社への面接やらで、大事な日というのは何度かやって来るはずだ。

 別にこの球技大会で人生が左右されるわけではないけど、自分の行動で勝敗の行方が変わってしまう。


 スポーツ選手とかは、こんな緊張をいつも味わっているのだろうか……

 そう考えると、スポーツ観戦とかでもっと応援しなきゃなとも思えてくるな。


「楽しみね」


 俺の前に現れた育美は緊張するどころか楽しそうにしている。

 俺と違ってメンタルが強いみたいだ。


「絶対に勝とうな」


「そうね。でも、この球技大会が終わってしまえば、もう練習する名目が無くなってしまうわね」


「た、確かに……」


 今までは球技大会の練習という名目で体育館を借りることができた。

 でも、この球技大会が終われば、もう俺達の大切な時間は無くなってしまう。


「来年の球技大会の前に、また練習を始めればいいさ。今年みたいに数カ月前からな」


 俺の肩を掴みながら話しかけてきた一樹。


 一樹の言う通り、また来年もみんなでバスケをすればいいだけだ。

 別に昨日の練習が最後だったわけじゃない。


「今日はよろしく頼むぜ」


 クラスメイトの黄瀬君が俺達の前にやって来る。


 黄瀬君は俺や一樹と同じバスケ部だ。

 一樹のようなミニバス経験者を覗いた一年生の中では一番上手いので頼りになる存在である。


 黄瀬君は小学校の繋がりで野球部の人といつも仲良くしており、部活以外ではあまり関わることはなかったので俺と一樹とはそこそこ仲が良い程度だ。


「スタメンを全員経験者にできる。これはいけるな」


 バスケ経験者が五人も集まっている。

 これはかなり有利な条件だ。

 強いクラスでもスタメンには、やはり未経験者が一人は混ざっているものだからな。


 試合では男子と女子が共に二人以上は常に試合に出てないといけない。

 男子が俺と一樹と黄瀬君、女子は育美と美波なら、相当強いメンバーのはずだ。


 他には女子の日南さんと志田さんがいる。

 登録メンバーは必ず一試合には出ないといけないので、余裕のある試合に二人は出てもらう約束になっている。


「黄瀬君、ルールの確認はしてくれたか?」


「ああ。須々木と大塚は現役バスケ部じゃないから、未経験者扱いだとさ」


「おしっ、これでかなり有利になったな」


 混合バスケは女子が点を決めると二倍になるシステムとなっている。

 しかし、現役バスケ部の女子は一点のみの上乗せとなっていた。


 育美と美波がどう扱われるか気になっていたが、ルール上は未経験者扱いになるようだ。

 そもそも中学校で運動部を退部する人は少ないので、あまり前例がなかったのだろう。


 これで有利とも言われている上級生たちとも互角に戦えるはずだ。

 優勝の可能性も大きく増したに違いない。


「黄瀬君、よろしく」


「よろしく須々木さん」


 育美はこのチームのキャプテンになった。

 俺も一樹も育美が相応しいと思ったし、育美も乗り気だった。


「絶対に優勝したいの。部活ではないけど、本気を出してくれると嬉しいわ」


「勝負事に手を抜けるほど器用じゃねーから大丈夫だ。明らかに余裕のある試合以外は、本気を出すさ」


 あまり馴染みのない黄瀬君にも自ら話しかけた育美。

 慣れないことをしているので、それだけ優勝したい気持ちが強いのだろう。


 試合の時間が近づいてきたので、俺達は体育館へ移動した――



     ▲



 第一試合は12対2で勝利した。

 相手は経験者のいない一年生のクラスだったので、余裕で勝つことができた。


 もっと点差は広げられたかもしれないが、ここで全力を出す必要は無い。

 今日だけで全ての試合を消化するので、体力は温存しておかないといけない。


 それに美波や育美は試合にすら出なかった。

 次に戦うクラスの生徒達も見に来ていたので、秘密兵器は温存する作戦にして日南さんと志田さんが代わりに試合に出た。


 トーナメント方式なので、あと四回勝てば優勝となる。

 最初の試合を無事に終えて、優勝の文字がちょっと見えてきたな。


 みんなで次に対戦するチームが決まる試合を眺める。

 基本的にクラスメイトは盛り上がるサッカーとソフトボールの方を観戦するので、まだ周りに応援する生徒の数は少ない。


「あの人、やる気無さそうにしてるけどシュートめっちゃ入れるね」


 隣で試合を見ていた黄瀬君と話す。

 一年二組が二年生と試合をしているが、二組で活躍している女の子がけっこう可愛くて目立っている。


「二組の地葉さんか、何かスポーツでもやれば活躍できそうなポテンシャルあるよな。あと揺れる胸が凄い」


「知り合いなの黄瀬君? 揺れる胸は凄いのは確かだね」


「別に話したこととかないけど、可愛いって有名だぜ。でも、人を寄せ付けない態度だからずっと一人でいるらしい」


 何度か見かけたことはありそうな気がする。

 ちょっとギャル寄りな見た目なので、きっと無意識に見ないようにしていたのだろう。



 二試合目は二年生のクラスとの試合になった。

 結果は14対5と勝利を収めることができた。


 バスケ部の先輩がいたけど、一樹の方が上手かったな。

 まぁ俺は特に活躍できなかったが。


「ちょっと七渡、さっきの試合ミスが多かったわよ」


「……変に緊張して、練習みたいにできないんだ」


「上手くやろうだなんて考えるより、全力でやればいいのよ。全力で挑んで駄目だったら、それはもう仕方がないと思えるから」


 今日はキャプテンだからか、俺を普段以上に鼓舞してくれる育美。


 試合中は誰よりも頼もしい背中を見せていた。

 大袈裟かもしれないけど、その背中にずっと付いて行きたいと思った。


「二回戦も勝つとか凄いじゃん天海君、良い感じだね」


「あ、ありがとう」


 他の競技は全部初戦負けしたため、クラスメイト達が応援のために試合を見に来ていた。

 女の子に褒められて、少し照れてしまう。


「調子に乗らないで」


 怖い顔で背中をつねってくる育美。

 少しの気の緩みも許してくれないみたいだ。


「……でも、もし優勝したら、あなたにとんでもないご褒美をあげるわ」


 と、とんでもないご褒美だと……


 どんなご褒美か非常に気になるので、絶対に優勝したくなったな――

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