第29話 ♂頼りない少年


 久しぶりに行う育美とのバスケ。

 俺が上達したところを見せたいところだな。


 意気揚々と育美とバスケのミニゲームをしたが、三対一で負けてしまった。


「ま、まるで成長していない……」


 俺の現状を見て、唖然としている育美。

 ブランクがある育美に負けるとは自分でも情けないと思う。


「こんなこともできるようになったんだぜ」


 ヤバい……このままでは育美に見放されてしまうかもしれない。


 試合では披露できなかったテクニックを育実に見せよう。

 先輩がやってたカッコイイ技だから、育美も惚れてしまうかもしれない。


「それっ」


「……何それ?」


 新技を見せたが、育美の反応はイマイチだった。


「ダブルスクラッチ」


「ダブルクラッチでしょ? しかもぜんぜんできていないじゃない」


「うぅ……」


「そんな実戦で使わない技より、基礎力を高めなさいよ」


 育美に厳しく言われているのに、それが心地良くもある。

 出会った頃のように、遠慮せずに会話できている。


「シュートフォームも見てないうちに乱れているわね」


 俺の右手に触れて、フォームを無理やり修正する育美。

 不自然に空けられていた距離も、いつの間にか元に戻っている。


「やっぱり、俺は育美がいないと駄目かも」


「駄目かもじゃなくて駄目なのよ」


 断言する育美。

 でも、私がいれば大丈夫と言わんばかりの顔を見せてくれる。


「情けない俺を見捨てないでくれ」


「大丈夫よ。あなたのバスケのセンスには元々期待していなかったから安心して」


 自分でもセンスが無かったことは半年間で理解できた。

 それでもめげずに努力は続けているけどさ。


「あたしは期待してるよ」


 隣でシュートを打ち続けていた大塚さんから励ましの言葉をかけられる。


「七渡君、誰よりも頑張り屋さんだもんね。あたし、ずっと見てたからわかるよ」


「大塚さん……」


 俺の肩に手を置き、親指を立てる大塚さん。


「そんなゴミみたいな励ましを真に受けないで。美波は別にあなたのことなんか特に見ていなかったわよ」


「後ろの席だから本当にずっと見てたし。はい論破~」


「黙りなさい」


 育美は大塚さんの顎辺りを掴んで物理的に黙らせている。

 俺と一樹みたいに言い争うことが多いけど、仲は良いのだろう。


「普通に話せてるじゃん。良かったな」


 一樹が小声で話しかけてきた。 


「まじで一樹のアドバイスのおかげだ。改めてありがとう」


「別に感謝されることでもねーよ。球技大会のために七渡には練習を頑張って欲しかったしな」


「というか、悪いな一樹まで付き合わせちゃって」


「むしろ好都合だよ。まだ先輩達に混ざっての本気の試合にはあんまり出れないし、その分球技大会に賭けたい気持ちは強いからな」


 一樹も放課後練習にいるのは新鮮だ。

 女子二人とも、そこまで違和感なく話せているみたいだし。


「逆に俺がいて良いのか?」


「どうして?」


「須々木さんとの二人きりの時間を邪魔することになるからさ」


「べ、別に恋人じゃないしさ」


 俺は別に育美と二人きりじゃなくても、一緒に居られるだけで嬉しい。

 ただ、何も不安がないわけじゃない。


「じゃあ、俺が須々木さんを好きになったり、須々木が俺を好きになったりしてもいいのか?」


「いいわけないだろ」


「なら、さっさと付き合ってくれると助かる」


 育美と付き合うか……

 できることなら、そうしたいけどさ。


 でも、もし告白を断られてしまったら、立ち直れそうにない。

 それに、育美ともう一緒に居られなくなってしまうかもしれない。


 そのリスクを踏まえると、怖くて告白なんてできやしない――



     ▲



 帰りの準備をしていると、急に大雨が降りだした。


 この季節には多いゲリラ豪雨というやつかもしれない。

 ゴロゴロと雷の音も聞こえてくる。


「どうした育美?」


「あっ、いや別に……」


 隣でやけにそわそわしていた育美。

 普段の冷静さはなくなって、少し落ち着きがない様子だ。


「じゃあな、気をつけて帰れよ」


 一樹が大雨の中、一足先に帰ろうとする。

 何か察したような表情を俺に向けているが、その意図は理解できない。


「廣瀬君、傘持ってんだ。途中まで入れてってよ」


「別にかまわないけど」


 帰り道の方角が一緒の大塚さんも先に帰ってしまう。

 そうなると、俺と育美は二人きりになる。


「育美は傘あるのか?」


「無いから親に車で迎えに来てもらう。美波にもそのこと言ってあるから、私を置いて帰ってったのよ」


「そっか、じゃあ俺は一人で帰るね」


 育美の親と顔を合わせるのは気まずいので、俺は先に帰った方が良いはずだ。


「待ちなさい」


 帰ろうとしたが、腕を強く引っ張られる。

 行かないでと言わんばかりの強さだった。


「待ちます」


「キャッ」


 大きな雷の音がして、育美は女の子らしい声をあげた。


「雷が苦手なのか?」


「そんなことない。ただ……」


 不安気な目を向ける育美。

 先ほどからはっきりとしない態度や言動を見せていて、一緒に居る俺まで不安になってくる。


 一瞬、視界が真っ白になった。


 きっと雷が学校に直撃したのだろう。

 その影響か、停電して廊下が真っ暗になった。


「七渡っ!」


 暗闇の中、俺に強く抱き着いてきた育美。


「い、育美!?」


 まさかの行動に慌てることしかできない。

 育美の身体は大きく震えていて、怖がっているのがはっきりと伝わる。


「大丈夫。俺が傍にいるから」


 俺の言葉を聞いた育美は、より強く身体を抱きしめてきた。


 こんなに育美と密着したことはない。

 柔らかい胸の感触があって、育美の匂いも間近に感じる。


 数十秒後に停電が復旧し、校内は明るさを取り戻した。


「暗いのが苦手なのか?」


「……ええ。情けないけど、少し苦手だわ」


 少しとは言っているが、あの怖がり方は異常だった。

 真っ暗闇に何かトラウマでもあるのだろうか……


「ほい」


 俺は育美の手を握った。

 手を繋ぐと安心すると、前に翼から言われたことがあるからな。


「な、何すんのよ」


「手を繋いでいる方が安心かなって」


 手を離そうとした育美だったが、再び大きな雷の音が響いて、むしろ強く握ってきた。


「頼りないかもしれないけど、迎えが来るまで一緒にいるからさ」


「……ありがとう」


 育美から心のこもった感謝の言葉をかけられた。

 その姿に今まで抱いていた強さや華麗さはなく、一人のか弱い女の子になっていた。


「あなたの私を大切にしてくれるところ、好きよ」


 俺を見つめて好きと言ってくれる育美。

 信じられないくらいドキドキするし、もっと育美と近づきたくなる。


「俺も育美が大切にしてくれるとこ好きだよ」


「あら、伝わってたの? 私の愛情は自分でもねじ曲がってると思うけど」


「育美のことはこの学校の誰よりも理解しているつもりだから」


 もっと何か言葉を紡ぎたかったが、息が詰まって言葉が上手く出なかった。


 そうしている間に、迎えが来てしまい育美と別れた。

 少し気まずい空気だったので、良いタイミングで来てくれたなと安堵する。


 というか、育美のやつ愛情って言ってたよな?

 育美は俺に愛を注いでいる?

 そう捉えていいのか?


 育美も俺のこと、好きでいてくれるのかもしれない――

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