第28話 ♀悩める少女


 夏休みが終わってしまった。


 七渡と毎日会うつもりだったのに、三回しか会わなかった。

 残念ながら、些細な思い出しか作ることができなかったわね。


 周りのクラスメイトはプールやお祭りに行った話で盛り上がっている。

 私は海外旅行があったので何もなかったわけではないけど……


 プールは水着が恥ずかしいから行かなくてもいいけど、お祭りには行きたかったなと今になって後悔してしまう。

 来年こそは、七渡と色んな場所に行ってみたい。


 でも、お土産を渡した日から、何故か七渡の顔を直視できなくなってしまった。

 あの後に一回遊んだけど、気が気じゃなかった。


 七渡を見るだけで身体が熱くなっちゃってたし、色んな欲が頭の中に渦巻いていた。

 友達として見ることができなくなってしまった。


 嫌いになったとかじゃない。

 むしろ好きになり過ぎたのかもしれない。


 それで距離感がわからなくなってしまった。

 それは、一緒にいるのが辛いと思えてしまうほどに……


「うぇーい育美ちゃん。夏は満喫したかな?」


 ノリノリで挨拶してきた美波。

 しばらく見ない間に日焼けもしていて、少し汚らしくなっている。


「誰よあなた」


「酷いっ、大塚美波だよ。忘れたの?」


 夏休みは一度も会わなかった。

 私の予定が多かったのもあったけど、前半で断り続けていたら向こうから誘いが来なくなってしまった。


「ごめんなさい。夏休みは色々と予定が合わなくて」


 何故か謝ってしまう。

 でも、正直夏休みの後半は美波からの連絡を期待していた自分がいた。


「とか言って、七渡君とはいっぱい会ったんでしょ?」


「いや、三回しか会ってないの」


「ありゃ意外。七渡君と会うからあたしと会えないのかと思ってたけど」


 美波に嫌われてしまったかと思ったけど、別に気にしていないみたいだ。

 それが少し寂しくもあった。


 別に美波は私がいなくても何も問題は無い。

 私と遊べないのなら、代わりの誰かと遊べばいいだけ。

 そう考えると、きっと七渡も私がいなくても楽しく過ごすしてしまえるのだろう。


 でも、私はどうだろうか……

 七渡がいない世界でも楽しく過ごせるのかしら?


「学校ダルいし、ずっと夏休みでいいのに」


「その様子だと夏を満喫したみたいね」


「マンマンキツキツしたよ。海にプールにお祭りにね」


 私がしていないことを全部していた美波。

 それだけ遊べば日焼けもするはずだ。


「誰と遊んだの?」


 私以外に友達ができたのだろうか……

 一人ではないはずだから、誰かと一緒なはず。


「弟と」


「意外ね。弟がいたなんて初めて知ったわ」


「二個下のめっちゃ可愛い弟がいんのよ」


 どうやら友達ではなく弟さんだった。

 その事実に少し安堵した自分もいる。


「ブラコンなのも意外だわ。美波って弟とかクソガキって言いながら蹴ってそうなイメージだけど」


「むしろ真逆だよ。めっちゃ可愛がってる」


 そういえば、美波って年下の男の子を見て可愛いと言うことが何度かあったわね。

 年下好きなんて珍しいし、本当に謎なところが多いわね。


「あたしのファーストキスは弟だしね」


「家族はカウントに入れないでしょ」


「ファースト○○○も弟だもん」


「ゴミみたいな冗談言わないで」


 美波の弟を軽く想像したけど、クソガキという言葉を具現化したような少年の姿が思い浮かんでしまった。

 弟さんに罪は無いけど、ロクでもなさそうなイメージしかない。

 実は姉に反してちゃんとしている弟さんだったらいいのだけど……


「年下好きなの?」


「男は年下かな、偉そうなやつめっちゃ嫌いだから。女の子は育美みたいに偉そうでも好きだけど」


「偉そうで悪かったわね」


 その好きというのは友達として好きということなのだろうか……

 何を考えているかわからないから、何とも言えないわね。


「夏休みの宿題はちゃんとやった?」


「いや、まったく。夏休みの宿題なんて何も意味無いって意識高い人がYouTubeで言ってたからやってない」


 美波は呑気過ぎて、見ていてむしろ清々しい。

 七渡と違って何も考えずに一緒にいられる。


 美波と一緒なら、七渡とも問題なく話せるかもしれないわね――



     ▲



 放課後になり、教室から出ようか迷う。


 一学期は部活後に七渡と毎日会っていた。

 でも今は……


 悩んでいると、七渡の方から私の元へ来てくれた。


「あのさ育美」


「どうしたの? 要件があるのなら手短に」


 話しかけてきてくれて嬉しいのに、突き放すような冷たい態度を取ってしまう。


「また一緒にバスケの練習をしないか?」


 七渡のまさかの提案に、私は一瞬思考停止してしまった。


「……何を言ってるの? 私はもうバスケ部をやめたの」


「先生から許可は得たから大丈夫」


「えっ」


「12月に球技大会があるだろ? それでバスケの種目があるんだ。絶対に優勝したいからクラスメイトと練習させてくださいって言ったら、許可が取れたよ」


「そ、そうなの……」


 球技大会があることは知っていたけど、種目にバスケがあるのは知らなかった。

 七渡と一緒に練習できるのも嬉しいけど、それ以上にもう一度本気でバスケで戦えるのが嬉しい。


「男子がサッカーで女子がソフトボールで、男女混合のバスケがあるんだってさ」


 腹立たしい石田先輩達に一泡吹かせられるかもしれないし、七渡と一緒にバスケができるのは面白そうだ。


「美波も誘っていい?」


「大塚さん?」


「ええ。彼女も一応バスケ経験者だから」


 今の私では、七渡と二人きりだと上手く練習できないかもしれない。

 美波が毎日でなくとも来てくれれば、感情を大きく揺さぶられずに済みそうだ。


「じゃあ、俺も一樹のこと誘っていい?」


「廣瀬君のこと?」


「うん。あいつバスケ上手いし」


「……むしろその方がいいわね。二対二もできるし、練習の幅が広がりそうだわ」


 七渡の男友達が来れば、もう七渡を過度に変な目で見ないで済むかもしれない。

 前の時は誰かが増えるのは嫌だったけど、今は逆の考えになった。


「じゃあ、明日からそういう感じでやろう」


「いや、今日からよ」


 また七渡は苦しんでいる私を助けてくれた。

 本人に自覚は無いのかもしれないけど、私は救われている。


 七渡とただ会うには好きという感情と向き合わないといけない。

 でも、バスケの練習という名目なら、七渡と自然に一緒に居られる。


 やっぱり私は七渡と一緒に居たい……




 それから不思議な四人組が出来上がった。

 私と美波と七渡と廣瀬の四人組。


 今までの自分には無かった居場所ができた。


 とても居心地の良いグループで、毎日が楽しかった。

 ずっと一緒に居たいなと思うほどに――

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