第27話 ♂悩める少年


 夏休みが終わってしまった。


 育美とは海外旅行の前とお土産を貰った日に会って、その後は一度会っただけだった。

 たくさん思い出を作ることができると思っていたが、ほとんど会えなかった。


 育美は部活もしていないので時間はある程度空いていたはず。

 そう考えると、避けられていたような気もしてくる。


 何か嫌われることでもしちゃったのかなと、思い悩む時間が多かった。


【ごめん、今日一緒に学校行けない】


 早朝に一樹からメールが届いていた。

 何か用事があるようなので、一言わかったと返信をした。


【何で理由を聞いてくれないの?】


 何だこいつ!?

 一樹からの女子みたいな返信に思わず笑ってしまう。


 面倒だから学校で聞くと返信をする。

 朝だしそこまで時間に余裕は無いからな。


【そんなんじゃ女の子に好かれないぞ】


 余計なお世話だっつーの……


 俺は女の子心とかあんまりわからないから、もしかしたら知らない内に育美を傷つけていたかもしれない。

 一樹とのやり取りで、そんな不安が大きくなってしまった。



     ▲



 教室へ入ると育美の姿が見えたので慌てて駆け寄った。


「おはよう育美」


「ええ、おはよう」


 挨拶は返してくれたが、目は合わせてくれない。

 明らかに何かがあったのだと伝わってくる。


「俺、何かしたかな?」


「……別に何も」


 何も無いと言われてしまえば、これ以上は何も言えない。

 このまま会話を終えようともしたが、今朝の一樹とのやり取りを思い出した。


「何で会えなくなったの?」


 一樹は一緒に行けなくなった理由を俺が聞かなくて怒っていた。

 きっと女の子には多少強引にでも、問いたださないといけない時があるのかもしれない。


「……距離感が分からなくなったの。嫌いになったわけないじゃないから安心して。むしろその逆だから」


「距離感?」


 育美の言っている意味が俺には分からなかった。

 ただ、嫌われたわけではないみたいだな。


「とりあえず今は、その、ごめんなさい」


 最後にそう告げて、自分の席へ逃げるように戻った育美。


 このままだと駄目な気がする。

 何かきっかけがないと、育美と一緒にいるのは難しそうだな……


「おっす」


「あっ、おはよう一樹」


 もう一人の悩める男、一樹が教室へ入ってきた。

 見るからに元気が無いので、やっぱり何かあったみたいだ。


「今朝は何があったんだよ」


「清美さんが……清美さんが……」


「友達の母親を名前で呼ぶなっ」


 いつの間にか俺の母親を名前で呼んでいた一樹。

 何も進展してなかったのに、勝手に距離感を縮めている。


「清美さんが駅前で知らん男と歩いてたんだよ」


「まじかっ」


 意外な理由に俺は困惑する。

 俺の母親の話題だなんて考えもしていなかった。


「ただの仕事仲間とかじゃなくて?」


「男の方が清美さんの腰に手を回してた」


「それは、なんか俺もショックだな」


 息子としては、あまり母親の恋路を見たくはない。

 幸せになって欲しいとは思っているが……


「何も聞いていないのか?」


「まったく聞いていない。最近、帰りが遅いことが多いなとは思っていたけど」


「俺の気持ちを弄びやがって」


「まだ何も始まってなかっただろ。勝手に弄ばれんなよ」


 正直、一樹には申し訳ないけど、これで諦めてもらった方が俺としては都合が良い。

 俺の母親より他の人を好きになった方が、一樹も幸せになれると思うし。


「まぁいいさ。女の子は別れた後の方が、心が病んでいて恋が芽生えやすい。別れたらすぐに俺に報告してくれ」


「人の母親を女の子呼びすんなって」


 まだ希望を抱いている一樹。

 母親に恋人の話を聞くなんてできないので、報告はできそうにないな。


「なんだか七渡も浮かない顔してるな」


「えっ? あー……なんか育美が今は会いたくないって」


「そっちもか。恋愛って難しいよな」


 一樹と同じ目線で語られても困る。

 それにこっちは別に恋愛じゃない。


「距離感が掴めなくなったらしい」


「……なるほどな。前はバスケの練習っていう名目があったから気にせず会えてたかもしんないけど、今は何も名目がないから須々木も複雑なんじゃないか?」


「ただ会うだけでいいのに」


「それができるのは恋人だ。でもお前らは恋人じゃない。だから距離感が分からなくなったかもしれないぞ」


 一樹の言葉は意外と腑に落ちる。

 ただ会うなんて、好きじゃないとできないことだ。


 一緒にバスケをしていた時は何も考えずに会えていた。

 でも今は何を話そうかとか、何をしようかと考えることが多い。

 育美も何か道具を用意していたりと、俺と会うのに準備をしているみたいだし……


「また育美とバスケしたいな~」


「したらいいじゃんか」


「育美はバスケ部をやめたんだ。放課後でも遊びで体育館は使わせてもらえない」


「……俺に一つ考えがあるぞ」


 一樹から耳打ちされる。

 別に周りに誰も話を聞いている人はいないので、耳打ちする必要はないっての。



「そ、その手があったか……」


「いけそうだろ?」


「うん。まじでナイスアイデア」


 一樹からまさかの提案をされた。

 これでもう一度、育美とのバスケの時間を作れるかもしれない。


 毎日じゃなくてもバスケをしていれば、一緒に居やすい距離感が戻ってくるはず。

 きっと育美も喜んでくれるはずだ。


「いつかジュース奢れよ」


「むしろラーメン奢るって」


「おっ、いいね」


 やはり自分じゃない別の誰かの意見は貴重だな。

 自分には無い客観的な視点でアドバイスをくれる。


 俺一人では、

 もっと失敗だらけだったはずだ――

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