第30話 ♀夢見る少女


 私の学校生活は大きく変わった。


 これまで休み時間は一人でいることが多かったけど、今は違う。

 七渡と美波と廣瀬の三人と、輪になって話している。


「先週の金曜ロードショー見た?」


 嬉しそうに話し始める七渡。

 その顔を見るだけで私も嬉しくなる。


「あっ、見るの忘れた。名探偵オナンだったよな」


 七渡の傍に常に寄り添っている廣瀬。

 嫌なところは見当たらないし、バスケは私より上手い。


「あたし見たよ~蘭ねぇーちゃんが相変わらずドリルってた」


 いつも和気あいあいと話す美波。

 私の好きな蘭ねぇーちゃんをディスっているのは許せないけど。


「育美は見たの?」


「七渡が見ろってしつこいから、しっかりと見たわよ」


「どうだった?」


「コナン君が宇宙船の操縦の仕方をハワイで親父に教わったから大丈夫というのは流石に無理があったと思うわね」


 普段はアニメなんて見ないけど、七渡が見てと言うから私も見た。

 無邪気な顔した七渡に見て見てと言われて、見ないわけにはいかない。


 七渡と美波は提出物に不備があったのか、会話の途中で先生に呼び出されてしまった。


 その後は私と廣瀬の二人きりになってしまい、気まずい空気が生じる。

 四人の仲が良いとはいえ、私の廣瀬の二人きりの組み合わせは珍しい。


 どうせなら、この機会に気になっていたことを聞いてみようかしら。

 廣瀬との気まずさも早く解消したいし、私から話さないといけないわね。


「そういえば、何で廣瀬って七渡と仲良いの?」


「何でって言われてもな……ただ仲が良いだけとしか」


「二人って、同じバスケ部とはいえ正直あまり釣り合っていないじゃない。運動神経が良くて勉強もできるモテるあなたと、冴えない男の子の七渡。イケてる人はイケてる人とつるみがちなのに、あなたはそうじゃない」


 前からずっと気になっていたし、廣瀬には少し嫉妬している部分もある。

 私には見せない顔を七渡は廣瀬に見せたりするから。


「七渡は面白いからな。一見、凡人に見えるかもしれないが、変わったところは多い」


「どんなところが変わってるの?」


「ギャルが苦手で、すれ違うだけで俺の背後に隠れてくるところとか?」


「何よそれ……」


 七渡がギャルを苦手としているなんて初めて聞いた。

 やっぱり、私の知らないことを知っている廣瀬が少し羨ましい。


 でも、ギャルが苦手ってどういうこと?

 私がギャルにでもなったら、七渡はもっと怯えた可愛い顔を見せてくれるのかしら?


「というか、須々木だって大塚と仲良いの謎だろ。人のこと言えねーぞ」


「……ふふっ、そうね」


 廣瀬に言われて、私の方がおかしいことに気づいた。

 私は美波みたいなタイプの人が苦手だったのに、友達になってしまったものね。


「誰かを選んで友達になるより、勝手にできるのが真の友達なのかもしれないわね」


「そういうことだ」


 廣瀬と問題なく会話ができている。

 まだ知らないことが多いけど、少なくとも悪い人ではなさそうね。


「一応言っておくが、あんまり俺と話さないでくれ。七渡がうるさいから」


「どうして?」


「あいつ、ああ見えて嫉妬深いからな。須々木と仲良くして欲しいけど、仲良くなったらなったで嫌だとか矛盾したこと言ってたし」


「えっ、めっちゃ可愛い。愛でたい」


 七渡が私のことでプンプンしている姿を想像したら可愛過ぎた。

 彼も私のことで嫉妬してくれるのね……


「別に愛でてもいいが、俺のいないとこでな」


「あっ」


 廣瀬の前で七渡への好意を剥き出しにしてしまった。

 周りには七渡への好意を隠しておかなきゃいけないのに……


「別に七渡のこと好きじゃないから勘違いしないでもらえる?」


「今さら無理があるだろ」


「……何か察しても余計なことは絶対にしないでよ」


 廣瀬に呆れられて、より恥ずかしくなる。

 七渡は簡単に言いくるめられるけど、廣瀬は難しそうね……



     ▲



 部活の時間が終了し、私と美波は体育館へ向かった。


 月水金と、週に三回はみんなでバスケをしている。

 私はブランクを取り戻しつつあるし、運動する楽しさを再び味わっている。


 今度こそ、この時間を絶対に守りたい。

 そう決意した矢先に、トラブルが発生してしまう。


「何でバスケしてんのよ。あんたは部外者でしょ」


 文句を言いながら体育館へ入ってきた石田先輩。

 久しぶりに顔を見たが、相変わらず嫌な顔をしている。


 私は石田先輩を床に叩きつけて倒してから部活をやめた。

 あの時の話が何故か噂となって広まってしまったこともあり、石田先輩は後輩にボコされた情けない先輩という汚名まで手にしている。

 そのこともあって、まだ私に怒りを抱いているみたいだ。


 人生が順風満帆に行かないことは知っている。

 良い事があっても、それ以上に嫌な事がたくさん起きてしまうのも知っている。


 知っていても、抗いたくなる。

 また大切な日常を壊されても、何度だって作り上げればいい。

 この四人でなら、何か別に方法で集まることができるはずだから。


「球技大会の練習です。許可も取っています」


 私を先輩から庇うように、前に立ってくれる七渡。


「こっちからすれば先輩の方が部外者ですよ」


 先輩にも物怖じせずに、冷たい目を向ける廣瀬。


「そうだそうだ。先輩の方が部ス外者です」


 みんなに便乗してただ悪口を言っている美波。


 以前は一人で先輩に立ち向かっていたけど、今はみんなが一緒にいてくれる。

 感じたことのない安心感が、私を優しく包んでくれている。


「練習の邪魔しないでください。非常に迷惑です」


 先輩に詰め寄って、外へ追いやってくれる七渡。

 私のために無理して頑張ろうとしているのが、背中から伝わってくる。


 馬鹿ね……

 そんな姿を見せられたら、もっと好きになってしまうじゃない。


「な、なんなのよもうっ!」


 居ても立っても居られなくなった石田先輩は走って逃げていった。

 私が何も言わなくても、嫌な先輩が去ってくれた。


「……助かったわ。ありがとう、みんな」


 この感謝は言葉だけでは返しきれない。

 でも、今の私では返し方がわからない。


「別にお礼を言われることじゃないって。先輩が何か言ってきたらみんなに相談してくれよ」


 あっ、ヤバいわね。

 何故か涙が出てきそうになって、必死に堪える。


「どったの育美ちゃん? 必死そうな顔してるけどトイレでも我慢してるの? アイドルプライドみたいな顔になってるけど」


「別に我慢してないから!」


 茶々を入れてくれる美波に吠える。

 おかげで涙は引いてくれたけど。


 改めて周りにいるみんなの姿を見て、私に決意が芽生えた。


「……絶対にこのメンバーで優勝を目指すわよ」


「おぅ! すげぇやる気だな育美」


 みんなと一緒に居られることが嬉しくなって、ガラにもないことを言ってしまった。

 少し気恥ずかしくなったけど、それは嫌な恥ずかしさではない。


 優勝にこだわりだしたのは、みんなと最高の思い出が欲しくなったからだ。

 私が初めて抱いた夢かもしれないわね。


 絶対に優勝してみせるんだから――

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