第24話 ♀覚醒する少女


 空を移動する大きな飛行機。

 私はその飛行機の窓から何も変わり映えしない景色をずっと眺めていた。


 夏休みの前半は課題と宿題でさんざんだった。

 私の成績を見た両親が怒って、無理やり夏期講習に参加させられた。


 まぁ成績が悪かった自分のせいだし、どうにかしないととは私も思っていたから我慢して従った。

 少し七渡とも距離を置きたいとも思っていたから、少し好都合だった。


 実際は二日目から寂しくてイライラが止まらなかった。

 距離を置けば置くほど会いたくなってしまった。


 結果、七渡と会った時に少し大胆なことをしてしまった。

 あの日の夜はやってしまったとベッドでバタバタしていて、ぜんぜん寝られなかった。


 そんな七渡とはもう別の国にいる。

 その事実が、私に想像以上の喪失感を生んでいた。


「寂しそうだな。そんな横顔も綺麗だけど」


 隣に座る兄さんから声をかけられた。


「彼氏でもできたか?」


「別に」


「否定はしないのか」


 七渡は彼氏ではないけど、友達でもない。

 何と言っていいかわからず、答えをはぐらかした。


「兄さんは彼女いるのに楽しそうね」


「いないよ」


「えっ、この前に家へ来てたじゃない」


 前に兄さんは新しい彼女を家族に紹介していた。

 いつものお馬鹿そうな女の子ではなく、しっかりとした女性だったので今度は長く続きそうだと思っていた。

 でも、もう終わったみたいだ。


「さっき旅立つ前に電話で別れようだって。もう会わないって。彼女の部屋に置いていた俺の荷物も全部捨てたって」


「意外ね。まともな人そうに見えたけど、そういうことするなんて」


「まともなフリをしているだけだったよ。付き合ったらヤバいところがいっぱい見えた」


 付き合ってから本性を見せるなんて、まるで詐欺師のようね。

 私は自分を受け入れてくれる人じゃないと嫌だから、本性は付き合う前にさらけ出したいなとは思うけど。


「自分が持ってないものを持っている人を見て過剰に嫉妬する奴にロクな奴はいねーよ。二人に差なんてなかったのに、差別をしてきやがる」


「誰にでも差はあるでしょ」


「差は埋められる。彼女が余裕なくて困っているなら、そのぶん余裕のある俺が支える。それで均等だろ?」


 独特な考え方をしている兄さん。

 私と同じで美波が言っていた理想主義者というやつなのかもしれない。


「そんな優しい生き方をしてたのにフられたの?」


「裕福な家庭で育った俺は、普通の家庭で育った彼女には憎いらしい。俺といると人生が嫌になるって。毎年家族と海外行ってる話したら、ぷんすかぷんだったよ」


「好きな気持ちはどこ行ったのよ」


「憎しみってのは好きな気持ちをかき消すほど強い感情なんだろうな。メンタルの弱い女は、一瞬で好きな人が嫌いな人になる。これ体験談な」


 今は七渡のことで想う気持ちで頭がいっぱいだけど、何か最低なことをされたら七渡を憎む気持ちでいっぱいになってしまうのだろうか……


「またそんな女に引っかかったの?」


「もう兄さんは人間不信さ。信じられるのは愛しい妹だけだよ」


「愛情を注げなくてもいいのなら、枠が空き次第ペットにしてあげるけど」


「……いつの間にか妹がドS気質になってる!?」


 戸惑った表情を見せる兄さん。

 そんなに変なこと言ったかしら?


「べ、別に私は普通よ。子供の時と何も変わってない」


「いやいや、これからは育美様と呼ばせていただきます」


「変な呼び方しないでよ。ムチでもあったらその口をぶっ叩けるのに」


「おいおい染まり過ぎだろ!? 例えもドSじゃねーかっ」


 兄さんが私を見て引いている。


 どうやら兄さんには適性が無さそうね。

 七渡なら引いたりせずに受け入れてくれる。


 やはり、私には七渡しかいないんだわ――



     ▲



 ヘルシンキ空港へ着き、長い移動から解放された。


 空港のショップを覗くと香水が売っていた。

 ヘルシンキ空港の匂いという香水が置かれていて驚く。

 まさか空港の匂いを香水にするとは。


 でも、透き通るような清潔感のある匂いだわ。

 普通に好きな匂いでもある。


 これを七渡に渡せば、七渡の匂いも自分がコントロールできるようになる。

 彼の匂いも私の好きなものにできるなんて……


 想像しただけで少し興奮してしまった。

 これは彼へのお土産の一つにしましょう。


 美波にも一応、お土産を買わないと。

 でも、何をあげでも喜ぶ絵が見えず、馬鹿にしてくる表情しか思い浮かばない。


 街へ行ったら無難な財布でも買っておこうかしら。

 ボロボロな財布を使っていたのが気になってたし。


「さっきは寂しそうだったのに、今は楽しそうだな」


「お土産を考えてたから」


「育美様にも友達ができたんだな」


「友達ぐらい普通にいるわよ。あとその呼び方やめて、次またその言い方で呼んだら……ほんのちょっと怒るから」


「意外と様呼び良いなと思ってんじゃねーか!?」


 冷静に考えると様付けで呼ばれるのは、そこまで嫌じゃなかった。

 むしろ、自分の心の奥底に秘めた何かが反応している気さえする。


「そうね、七渡にもそう呼ばせようかしら」


「それはやめとけって。まだ中学生にそのプレイははえーよ、せめて高一からな」


 流石に様呼びは過激かしら?

 七渡と付き合うことになれば、二人きりの時に限定で解禁してもいいかもしれないわね――



     ▲



 ホテルで両親が休んでいる合間に、繁華街を兄と歩く。

 その途中で、ウィンドウに過激な下着や用途不明な道具が並べられたお店を見つけた。


「兄さん、これ何の店?」


「……SMショップだな。日本だと影の薄い場所にあるけど、海外だとけっこう堂々と店をかまえているんだな」


 近づいてみると、店には色んなムチや拘束具が置かれている。

 えっ、世の中にはこんなお店があるなんて……


「入りたい」


「子供は無理に決まってんだろ。こんなお店は成人してからな」


「一生のお願いを行使させてもわうわ」


「SMショップで一生のお願いを使うなよっ」


 正直、私もこのお店に入る勇気がない。

 この店を利用するには、レベルがまだまだ足りない気がする。


 道具を使いこなすには使用者のテクニックも必要なはず。

 興味本位ではただのお遊びになってしまうし、相手にも失礼だ。


「こ、これはいったい何なのかしら……」


 兄さんに向けて、ウィンドウから見える卑猥な形をした小さな鎧のような物を指さす。

 なんだか見ているだけでゾクゾクしてしまうようなアイテムね。


「それは男のアソコに装備する道具だな。それを付けて鍵を閉めれば、男は解放されるまで排尿行為しかできなくなるはずだ」


「ふっ、ふふっ、それは素晴らしい道具ね。いつか七渡に買ってあげたいわ」


「七渡君、誰だか知らねーけど今の内に逃げてくれ~!」


 海外旅行をすると、世界は私が思っている以上に広いのだと実感できる。

 まだ私が知らない趣味嗜好やマニアックなものが、世界には溢れているみたいだ。


「SMショップの前で世界の広さを実感してねーか? なんか価値観変わった顔してねーか?」


 察してくる兄さんの戯言は軽く聞き流す。

 今はそれ以上に、心の扉が開いた開放感で満たされているの。


 やはり人生は経験ね。

 経験を積めば積むほど、やりたいことが増えてくるわ――

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