第23話 ♂まだ彼氏じゃない少年


 夏休みになった。

 早くも十日が経ち、夏休みの三分の一を消費してしまった。


 今日も部活だ。

 土日以外は部活があるので、夏休みだからといって何もしない日は少ない。


「夏休みは須々木とどうなんだ?」


 部活が始まり準備運動をしていると一樹が話しかけてきた。


「まだ一度も会ってない」


「意外だな」


「連絡は取っててさ、なんか親に無理やり塾に通わされて大変とか言ってたけど」


 夏休みが始まる前、育美は俺と毎日会う気でいた。

 しかし、いざ始まると電話で会えそうにないとしょんぼりした声で言われた。


「期末テストの成績でも悪かったのかもな」


「あー意外と育美って成績悪いらしいから、それもありそうだな」


「彼氏なのに知らんのか?」


「教えてくれないし、知ろうとすると怒られる。あとまだ彼氏じゃない」


ねぇ……」


 ニヤニヤしている一樹。

 育美のことが好きだから、付き合いたいと思っているのは間違いない。


「暇なら俺たちでダブルデートしようぜ」


「えっ!? 彼女でもきたのか?」


 一樹からまさかの提案をされる。

 ダブルデートは憧れるシチュエーションだが……


「俺と七渡と須々木と七渡の母さんと四人でさ」


「そんな地獄のダブルデート計画すんなよ!?」


 母親同伴とか想像しただけでヤバ過ぎるだろ。

 どんな顔をして遊べばいいんだよ……


「まぁそれは置いといて、クラスメイトの関さんと谷川さんが一緒に遊園地へ遊びに行かないかだってさ?」


「ま、まじか」


 夏休み初めての遊びのお誘いに、少し心が躍る。

 きっと俺は一樹のおまけだろうけどさ。


「でもなー育美に確認取らないと」


「須々木はお前の保護者かよ」


「勝手に行くと怒られるから」


 育美はどこかへ遊ぶ時は私に報告してからと言っていた。

 言わなくてもバレないかもしれないけど、言わなきゃいけない気がする。


「そんなん面倒くさくて嫌じゃないか?」


「いや、別に。俺のこと一番に考えてくれるのは嬉しいし」


「そういう意味では相性がいいのか」


 管理されるのは嫌じゃない。

 むしろ、自分を必要としてくれる人がいるんだと安心できる――



     ▲



 今日は日曜日。


 夏休みになって初めて育美と会う。

 二週間ほど会わなかっただけで、強い喪失感がある。

 それほど自分の中で育美の存在が大きくなっているのだろう。


 少し緊張もしてしまう。

 どんな顔をしていればいいのかわからなくなってきた。


「久しぶりね」


 久しぶりの再会だが、堂々としている育美。

 特に笑顔を見せるわけでもなく、いつもと変わらずクールな佇まいだ。


「ずっと忙しかったのか?」


「ええ、親から無理やり夏期講習みたいなのを受けさせられていたのよ。夏休みの宿題も合わせて散々だわ」


 勉強尽くしの日々を過ごしていた育美。

 少し顔に疲れも見えている。


「やっぱり期末テストの結果がヤバかったのか?」


「その話は関係無いでしょ」


 成績の話を聞きだそうとしたが、顔をしかめる育美。

 やはり真相を知ることはできそうにない。


「とりあえず夏期講習が終わったから、ようやくあなたに会えたと」


「じゃあ今日から一緒にいれるのか?」


「……ごめんなさい」


「えっ」


 急に謝ってくる育美。

 もしかして、俺とはもう会いたくなくなってしまったのだろうか……


「明後日から家族と一週間、海外旅行なの」


「まじか!? 海外とか羨ましいな」


 俺は心配は杞憂に終わった。

 ただ家族との旅行が控えていただけだった。


 あまりにも深刻そうな顔で謝ってくるからヒヤヒヤした。

 でも、それだけ俺と会えなくなるのが辛いということなのかもしれないとプラスに考える。


「本当は七渡と一緒にいたかったけど、毎年家族で海外旅行するのが決まりになってるから断れなくて」


「いやいや、俺のことは気にせず楽しんできてよ」


「寂しくないの?」


「寂しいに決まってるだろ。でも、俺と会うのはこれからいつでもできる。海外旅行は貴重で楽しい経験だと思うから、そっち優先した方がいいって」


 海外旅行と俺と会うことを天秤にかけてこんなに悩んでくれただけでも嬉しい。

 これで行かないでなんて言える奴は我儘過ぎる。


「私も寂しいわ」


 会えないのが寂しいと言ってくれる育美。

 同じ気持ちを抱いてくれていて、なんだか心が温まる。


「忘れずにお土産を買ってくるから、ちゃんとお留守番しててね」


「おいおい、お留守番とか子供じゃねーんだからさ」


「良い子にしてないとあげないから」


 俺が反抗しても子供扱いしてくる育美。

 でも、海外旅行のお土産なんて滅多に貰えないので楽しみだな。


「そういえば、一樹がクラスメイトの関さんと谷川さんと四人で一緒に遊ぼって誘われたんだけど」


 一樹から遊びの誘いがあったことを育美に報告する。


「……そうなの。行くって言ったの?」


「いや、育美に行っていいか確認してからにしようと思って」


 俺の言葉を聞くと、感極まった表情で嬉しそうに小さな拍手をする育美。

 やっぱり聞いておいて正解だったな。


「ちゃんと相談ができて偉いわ七渡」


「ただ相談しただけだよ」


「ほうれんそうは大事なことよ。素晴らしい」


 あまりにも絶賛され過ぎて逆に違和感がある。

 育美にとってそこまで嬉しいことなのか……


「ほうれんそう?」


「報告のほう、連絡のれん、相談のそう、ね。人として大事な心構えよ」


 育ちが良いだけあって、社会のマナーや常識には詳しい育美。

 今までも何度かほうれんそうのような知識を教えてもらっている。


「それで、行った方が良いかな?」


「ダメに決まってるじゃない」


「え?」


「ダメに決まってるじゃない」


 二回もはっきりとダメと言われた。

 静かに怒っているので、かなりダメっぽい。


「ただ遊びに行くだけだけど」


「私の七渡に汚い手垢が付いてしまうわ。そんなの許せないの」


「育美は海外旅行あるよね?」


「私は誰よりも七渡のことを考えているの。そんなわけのわからない人たちに七渡を弄ばれたくないの」


 頑なに行っていいとは言わない育美。

 夏休みだから俺も少しは遊びたいと思っていたのだが……


「男子だけだったらいいのだけど」


「何で?」


「……私以外の女の子と仲良くして欲しくないの」


 恥ずかしがりながら、もじもじと答えた育美。


 可愛い。

 頭の中が育美可愛いでいっぱいになった。


「じゃあ行かない」


「本当に?」


「絶対に行かない」


 俺の決意を聞いて笑顔になる育美。


 やっぱり育美の笑った顔は可愛い。

 滅多に見ることはできないから、見ると充実感がある。

 大袈裟かもしれないけど、オーロラが見れたような感覚に近いかもな。


「七渡、目を閉じて」


「な、何で?」


「いいから閉じて。私が許可を出すまでずっと閉じてて」


 育美に言われた通りに目を閉じる。

 何をされるか分からなくて不安になるけど、それ以上に強いドキドキがある。


「じっとしてなさい。動いてはダメよ」


「何をするんだよ」


「お邪魔虫が寄り付かないようにするの。虫よけスプレーをかけるようなものだから安心して」


 俺の身体を抱きしめる育美。

 それは愛のある抱擁とは違って、逃がさないための拘束に近い。


 このままキスでもされてしまうのだろうか……

 いや、流石にそんなことは起きないか。


「痛っ」


 首に痛みが生じる。

 目を閉じているので何が起きているのか分からないが、強く吸われているような感覚がある。


「我慢して」


「う、うん」


 育美に我慢してと言われれば、少し痛くても我慢するしかない。


 でも、この痛みは何だか興奮する。

 嫌というよりも、もっとしてほしいような不思議な気持ちになる。


「うぅ……」


「そんなに可愛い声を出してはダメよ。もっとしたくなるから」


 案の定、育美はさらに吸い込む力を強めた。

 そんなに強くされると、身体が疼くように小刻みに震えてしまう。


「ふぅ、こんなもんかしら」


 やりたいことが終わったのか、俺から身体を離す育美。


「目を開けていいか?」


「ええ。美味しかったわ」


 やはり俺の首を吸っていたのか、美味しいと口にする育美。

 首は少しじんじんしている。


「かなり強く付けたから、これで旅行から帰ってくるまで安心ね」


 スマホのインカメで俺の首を見せてくれる育美。

 俺の首に、赤紫色の痣のようなものができていた。


「うわっ、なんだよこれ」


「キスマークよ」


「キスマーク!?」


 俺は育美にキスをされていたのか?

 キスって口同士でするはずだけど……


「虫よけスプレーみたいなものじゃないのかよ」


「キスマークも同じよ。あなたから害虫を遠ざけるための愛のあるお守り。大人のカップルはみんなしているわ」


「そうなのか……でも、俺達は別にカップルじゃないじゃん」


「そうね。カップルじゃなかったわね」


 まるで、いずれカップルになるような思わせぶりな言い方をする育美。


 育美は自分の唇を少し指でなぞった。

 その仕草に強く惹かれて、思わず抱き着きたくなった。


 ヤバい、このままだと好きな気持ちが抑えられそうにない――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る