第22話 ♀やってる少女


 テストの答案返却が終わった。


 私は勉強する気が起きなかったこともあり、テストの成績は微妙だった。

 クラス順位も中間の24位から28位に下がっていた。


「テストどうだった?」


 笑顔で私の元へ来る七渡。


 きっと成績が良かったことを報告に来たのだろう。

 それはそれで可愛いけど、飼い主が負けているのは心痛いわね。


「……それなりに」


「俺はクラスで17位だった。前回よりも一つ順位が上がった」


 たった一つ順位が上がっただけで嬉しそうにしている七渡。

 頑張ったわねと褒めてあげたいけど、私が偉そうに褒められる立場ではなくなってしまった。


「そう。現状維持といったところね」


「育美は?」


「あ?」


 私の成績を追求しようとした七渡を睨む。

 睨みに怯んだ七渡は、少し距離を置いて縮こまる。


 飼い主の気持ちはちゃんと察してもらわないと困る。

 まだまだしつけが足りないのかしら……


「部活やめたから、そのぶん勉強の時間が多くできて負けちゃうかなって思ってたけど」


 七渡に痛い所を突かれてしまう。

 部活をやめて時間はできたけど、その時間を勉強に充てることができなかった。


「テスト中は体調が悪かったのよ」


 体調が万全ならできたはずと強がってしまう。

 七渡の前だと、できる女を演じたくなる。


「次から一緒に勉強する?」


「あなたと順位はそこまで変わらないわ。必要ない」


 やはり、私のプライドが邪魔して素直に気持ちを伝えられない。

 本当は一緒に勉強したいと言いたかったけど……


「同じくらいなら安心だけどさ」


 少し順位を盛ってしまったが、私の中ではすぐに追いつける差だ。

 二学期の中間で頑張ればいい。


 本来なら飼い主の私が七渡に勉強を教えようかと言えるくらいにならないといけない。

 そうすれば、七渡とも一緒に勉強ができる。


 そう思えば、私も勉強を頑張れるかもしれない。

 今までモチベーションが無かったけど、ようやく勉強する異議を見出せたかもしれないわね。


「最下位争いはどうだったの?」


 私は七渡から離れ、美波の元へ向かった。


 美波は前回、最下位だった。

 自分より下の人を見て安心するのは情けないけど、今の自分を慰めてくれるのは美波しかいない。


「あたし15位だったよ」


「何でよ!?」


「いや、そんな急に半ギレされても。部活やめたし時間できたから当然じゃん」


 まさか、美波はやればできる子だったとわ……


 美波でもできることが私にはできていない。

 自分は思っていたよりも駄目な人間だったということかしら。


「育美ちゃんも順位上がったっしょ?」


「えっ、まぁ」


「その自信の無さ、もしかして結果が微妙だったかな?」


「……28位」


 七渡には順位を伝えられなかったけど、美波には正直に言える。

 隠してもバレるし、はぐらかそうとしても追及されるしね。


「ダメダメだね」


 笑顔で私の肩に手を置く美波。

 何も言い返せないので受け入れるしかない。


「でも、時間もできたと思うのにいつも何してんの? 新しい趣味でも見つけたの?」


「…………」


 最近の自分を振り返るが、七渡の顔しか出てこない。

 一人でいる時も七渡がどうしたら喜ぶかとか、七渡と遊んだら楽しそうな物を買いに行ったりとか、もっと私に執着させるにはどうすればいいのかとか、ずっと七渡のことを考えていたかもしれない。


「ずっと七渡のこと考えてたかも」


「……育美ちゃんって顔は頭良さそうなのに、意外と馬鹿だよね」


「どういうことよ」


 アホな美波に馬鹿と言われるのは心外ね。

 私は勉強以外は何でもできるし、勉強もしてないだけでやればできる……はず。


「好きな人に夢中になって、それ以外考えられなくなっちゃうから。典型的な恋するバカ乙女って感じ」


「別に好きとかそういうのじゃないから」


「そういう素直じゃないところも馬鹿っぽい」


 七渡のことは好き。

 これは私の中ではっきりとしている。


 素直じゃないわけじゃない。

 ただ、公言したくないだけ。


 私が七渡に好きと伝えるのではなく、七渡から私に好きと言ってもらいたい。

 それは生易しい好きじゃなく、私がいないと生きていけないくらい好きと言わせたい。

 そうなるまでは七渡にも他の人にも好きとは言わない。


「普段いつも二人で何してんのさ?」


「基本的に七渡へ何かしらのミッションを与えて、失敗したら叱る、成功したら褒める、というのを繰り返しているわ。慣れて刺激が薄くならないように、ミッションは日々創意工夫をしているけど」


「やってんね~」


 少し引き気味で相づちを打ってくる美波。


「そのやってんねって何のことよ。もっとまともな相づち打てないの?」


「ヤバいことやってるってこと。受け身な七渡君なら多少は受け入れてくれるかもしれないけど、やり過ぎると嫌われちゃうかもよ」


「これは飼い主として当然の躾だわ」


「自分のこと飼い主言うてるじゃん!? こりゃやってるわ」


 七渡が特に何にも言ってこないし、今までの行いに違和感はなかった。

 美波がこれだけドン引きしているということは、私はもしかしたら想像以上にヤバいことをしてしまっているのだろうか……


「もしかして、私って変なことしてる?」


「普通、好きな人のことペット扱いしなくない?」


「ペット扱いというよりかは、面倒を見ているという感じね。元々バスケの教え子なだけあって上下関係はあるし」


「普通、好きな人のこと躾なくない?」


「躾というよりかは導いてあげているのよ。全ては七渡のためよ」


 七渡が私へ夢中になるよう躾る。

 七渡が私を好きになるよう躾る。

 そうすれば、いずれ彼も幸せに至れる気はしているのだけど。


「やってんね~」


「だから、そのふざてた相づちはやめなさい。腹立たしいわ」


 どちらかというと美波の方がやってんね~と言いたくなることが多い。

 この前もショッピングモールで迷子になっていた子供がいたが、親を探すわけでもなく泣きじゃくっていて可愛いとただ抱きしめていた。 


「付き合い始めたら束縛とかキツそうだね。支配欲とか強そう」


「……例えば自分のペットの犬が、他の知らない女に勝手に可愛がられていたら誰でも嫌だと思うのだけど」


「もう出遅れだね~」


 手遅れなのは美波の方だ。

 私は別に何も間違っていないはず。


「それで、夏休みは何かやらかすの?」


「スイカ割り」


「あれ? 意外と可愛い予定じゃん」


「スイカ割りの強化版ね」


「強化版とは!?」


「彼の一日を貰って、その日はずっとスイカ割りの時のように目隠しした状態で過ごしてもらうの。私の指示を聞かないと生きていけない環境で過ごしてもらい、私が傍にいないと不安になっちゃうくらい執着させたいわ」


 もっと七渡にとって大きな存在にならなければと、ここ最近は考えを巡らせていた。

 そんなことばかり考えていたら、勉強がおろそかになってしまった。


「それは流石に嫌われるって……やめときなよ」


「いや、それをすれば嫌われるという概念が無くなるかもしれないわ」


「多少の刺激は気持ち良いのかもしれないけど、やり過ぎると快感から痛みに変わるじゃんか。それはやり過ぎだから、痛い方になっちゃうよ」


「むぅ」


 美波にしては珍しく的確な意見だ。

 今までは軽い遊びだったから七渡も楽しく付き合ってくれていたのかもしれない。


 度を超えたことをしても、七渡が私に会いたくなくなってしまえば終わりとなってしまう。

 自分のことばかり優先して、彼の気持ちを考えていなかったわね。


「普通に好きって言って、思い出作りにキスでもすればいいじゃん」


 それが絶対にできないから、私は遠回りをしている。


 負けず嫌いだから、素直に彼へ甘えることができない。

 負けず嫌いだから、きっと振られたら立ち直れない。


 もしかしたら私はただの臆病者なのかもしれない。


 当たり前の恋愛ができないから、別の方法で彼と結ばれようとしている。

 王道ではなく邪道を歩もうとしている。


 でも、それでいいじゃない。

 普通じゃなくたっていい。

 邪道も歓迎よ。


 だって私は、彼の特別になりたいんだもの――

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