第21話 ♂やられてる少年


「七渡~廣瀬君が来てるよ」


「えっ!?」


 登校の準備をしていると、母親が部屋に入ってきた。


 何故か登校の時間に一樹が来たみたいだ。

 家が真逆の位置ということもあり、一緒に登校することは今まで一度もなかった。


「何で?」


「私に聞かれても。手紙は貰ったけど」


 手紙を持っている母親。

 あの野郎……何で友達の母親にラブレターみたいなやつ渡してんだよ。


「おいっ! 朝から何の用だよ」


 外に出ると本当に一樹が待っていた。

 何故か飼っている犬とじゃれあっている。


「今日から毎日一緒に登校しようと思って」


「遠回りどころか、無謀だろ!」


 俺と一樹の家の間ぐらいの位置に学校はある。

 俺と登校するには、真反対にある俺の家まで来ないといけない。

 それは、あまりに無謀過ぎる。


「恋に無謀とかねーんだわ」


「無駄にカッコつけんなよ。そこまでするのはもうストーカーに近いぞ」


「相手が嫌がることはしない。七渡が嫌がっても母上が嫌がらなければ問題ない」


「俺さん、一樹の将来が不安になってきた」


 一樹はこの先、恋人ができたりするのだろうか……

 恋人ができたと言って、どこかのおばさんを連れてこられたら反応に困るな。


「そんなこと言ったら七渡も須々木のストーカーになっちまうぞ」


「俺はそんなんじゃねーよ」


「毎日、部活後に会ってんだろ?」


「それはまぁ……」


 育美が部活をやめてから三週間が経ったけど、変わらず部活後は二人で会っている。

 別に約束をしたわけではないが、俺は毎日校門の前で待つし、育美は毎日俺の元へやって来る。


「毎日毎日何してんだよ?」


「昨日は育美が百均で買ってきたスイッチを押すと電気が出るペンで遊んでたな」


「罰ゲームを用意した遊びってことか?」


「いや、そのペンだけで遊んでた」


 夜の公園で話すことが多いが、昨日は育美が楽しめるものを用意してくれていた。

 何故か目隠し布のような物も袋に入っているのが見えたが、それは使わなかった。


「別に電気は痛いってわけじゃないけど、バチッていう全身に伝わるような衝撃があるし、押した瞬間は変な声が出ちゃうんだよ」


「そんなん楽しめないだろ」


「でも、それを頑張って押すと育美が褒めてくれるんだ。だから褒められたくて、ビビる気持ちに打ち勝って何度か電気のスイッチを押した」


「どんな遊びだよ!?」


「よくわかんないけど、育美が調教とか何だか言ってたな」


 今思い返すと、育美はめっちゃ楽しそうだったな。

 俺も電気は嫌だったけど、育美が喜んでくれるから楽しく身体を張っていた。


「お前の将来の方が不安だっつーの!」


「一樹よりはましだって!」


 一樹との取っ組み合いが始まる。

 だが、俺は手も足も出ずに押さえつけられてしまった。


 でも、こんな風に毎日一緒に登校するのも悪くないかもな。



     ▲



 教室へ入ると、育美と大塚さんが立ち話をしていた。


 姿勢良く立っている育美に、べったりと寄り添う大塚さん。

 教室でも少し浮いた独特な雰囲気を放っている。


 二人は部活をやめてから、さらに仲が深まった気がする。

 大塚さんは育美への距離感が近くなり、育美はそんな大塚さんを突き放すことなく受け入れている。


 周囲の女の子よりも少し大人びて見える二人。

 お互いに可愛いと評判の二人なだけあって、クラスでも目立っている。


 だが、二人に近づこうとする生徒は少ない。

 育美は先輩をここぞとばかりにぶっ飛ばして部活をやめたという話が広まっており、周囲への対応も冷たいこともあり恐れられている。


 そんな二人と俺は不思議な縁で仲良くできている。

 他生徒からの羨ましがる声も多い。


「七渡、来なさい」


 育美に手招かれて、駆け寄る。


「おはよう」


「おはよう。ちゃんと挨拶ができて偉いわ」


 ただ挨拶をしただけで育美に褒められた。

 子供扱いされている気もするけど、褒められるのは嬉しいので素直に受け止める。


「あたしだって挨拶ぐらいできるし」


「あなたはありがとうが言えない子でしょ」


 大塚さんが対抗してくるが、育美に一蹴されてしまう。

 ありがとうが言えないのはヤバめの短所なので早い内に改善しないとこの先、大変だと思う。


「今日はめっちゃ暑いな」


「そうね。でもここは涼しいわ」


 冷房の風が一番当たっている場所に立っていた育美。

 その風に乗って、育美の良い匂いが漂ってくる。

 最近、香水でも付け始めたのか、ラベンダー風の香りがする。


 部活をやめてからの育美は格好も雰囲気も少し変わった。


 短くなったスカートからは綺麗な生足が大胆に見えている。

 爪も綺麗に伸ばし始め、ハンドクリームも塗っている。


 今の育美は女の子らしさが増していて、見ていてドキドキすることが多い。


「どうしたの? 私のことじっと見て」


「えっとーその……」


 いつの間にか育美に見惚れていたようだ。

 どう言い訳すればいいのか悩むな。


「三秒以内に答えなさい」


「エッチしたい」


 何故か俺の代わりに大塚さんが答えてしまう。

 しかも、最低な回答だ……


「そんなこと思ってないから」


「ふえっ? じゃあ何考えてたの?」


「ただ、育美が可愛いなって」


「当たりじゃんか」


「何でそうなるんだよっ」


 大塚さんに俺の気持ちを曲解されてしまう。

 ただ、育美がちょっとエッチに見えたのは確かだけど。


「私のどの辺が可愛いと思ったの?」


 育美はまだ質問を終わらせてくれない。

 しかも答えるのが恥ずかしい質問をしてくる。


「他の人にはない大人っぽさとか?」


「他には?」


「真夏になって薄着になったから、肌の綺麗さとか見えて……」


「他には?」


 いくつか答えても満足してくれない育美。

 最近は欲求不満なのか、期待に二倍で返さないと満足してくれないことが多い。


「もちろん顔も可愛いし、声も透き通ってて何度でも名前呼ばれたい的な?」


「……そんなこと面と向かって言われると恥ずかしいのだけど」


「育美が言えって言ったんじゃん」


 少し顔を赤くしている育美。

 恥ずかしくなったのか、それ以上は聞いてこなかった。


 先生が来たので自分の席に戻る。

 今日は期末テストの答案返却があるので、少し緊張している。


 そして、来週からは夏休みが始まる。

 学校が休みだと育美と顔を合わせる時間も減るので、

 それがちょっと寂しいな――

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