第25話 ♂目隠しをされる少年


 部活を終え部屋のベッドで横になり、Switchのゲームをやりながらゴロゴロする。


 一人でいる時は育美のことで頭がいっぱいになる。


 スマホの画面を何度も確認しては、育美からの通知がないかを見る。

 目を閉じれば顔が思い浮かぶし、耳を澄ますと育美の声が聞こえてくる感じがする。


「育美……」


 気づくと名前を呼んでいた。

 育美は海外へ行ってしまい、日本にすらいないというのに。


「イクゥミ」


 海外にいるということで英語っぽく名前を呼んでみた。

 こんな意味のないことをしてしまうほど、育美のことで頭がいっぱいになっていた。


「イクイク育美ぃ」


 人生で一番ぐだらないことを言ってしまったかもしれない。

 恋をすると馬鹿になるというのは本当だったんだな……


「七渡、頭大丈夫?」


「どぅおいっ!?」


 母親の声が聞こえたので振り返る。

 いつの間にか部屋の扉が開いていた。


「ノックしてよっ」


「女の子の名前を呼ぶ声が聞こえたから誰かいるのかと思って。それで頭は大丈夫なの?」


「ただ何も考えずに友達の名前を呼んでただけだよ」


「それもそれでなかなかヤバいわよ」


 最悪なタイミングで覗かれてしまった。

 しかも、何か悟った顔を見せていやがる。


「あれっ、その痣どうしたの?」


 母は俺の首を見て、疑問を口にする。


 首には育美に付けられたキスマークがあった。

 あの日から三日が経ったのに、まだ消えていなかった。


「眠気覚ましにつねってたら痣になってた」


 咄嗟にした言い訳。

 正直に女の子にやられましたとは言えない。


「ふーん……」


 疑うような目で俺を見る母親。

 大人には通じない言い訳だったか……


「ダメなことや危ないことはしてない?」


「してないよ。それだけはしてない」


「なら、いいんだけどさ」


 深くは追及しないでくれる母親。

 別に変なことはされていないので安心してほしい。

 育美に調教ってやつをされただけだからな。


「そういえば夏休みだけど、福岡に帰ったりしないの?」


 福岡には幼馴染の翼がいる。

 最近は考えないようにしていたけど、やはり会えなくて寂しい思いは簡単に消えない。


「帰るわけないじゃない。もうあそこには戻りたくないの」


 俺の希望を一蹴する母。

 やはり、父親が不倫をして離婚しただけあって、母にとって福岡は帰りたくない場所となってしまったみたいだ。


 どうやら母親に連れて行ってもらうのは無理そうだな。

 いつかアルバイトをして、お金を貯めて一人で行くしかない。


「帰りたいの?」


「い、いや、別に……」


 本当は行きたい気持ちの方が強いけど、母親を困らせたくないので自分の気持ちは抑えた。


「翼ちゃんにでも会いたくなった?」


「……ちょっとだけ」


「もう忘れなさい。きっとあの子も今ごろ別の人と仲良くしているはずよ」


「そんなもんかなぁ」


 俺は翼に会いたいけど、もしかしたら翼はそうは思っていないかもしれない。

 友達ができたかもしれないし、彼氏だっているかもしれない。

 俺も新しい友達はいるし、翼だって中学生になって環境は変わっているはずだ。


「悲しいけど、人の代わりなんていくらでもいるの。不祥事を起こした人気芸人さんが一人いなくなったって代わりの芸人さんがその席をあっさり埋めるように、誰かが空けた隙間は誰かが埋めていく。人生ってそういうものなの」


 そう言い残して部屋から出て行った母親だが、俺はその言葉を鵜呑みにできなかった。

 何故なら、母親の空いた隙間はまだ誰も埋めていないからだ。


 離婚してからずっと元気が無いし、部屋で泣いている姿を何度か見たこともある。

 きっと母親にとってあの人の代わりなんて誰もいなくて、誰か別の人が現れても異なるパズルのピースのように空いた隙間にピッタリとはまらないのだろう。


 世の中に人はたくさんいるけど、まったく同じ人なんて一人もいないんだ。



【呼んだか?】


 スマホを見ると偶然にも一樹からメッセージが来ていた。

 まさか、お前が母親の空いた隙間を埋めるとでもいうのか――



     ▲



 海外旅行から帰ってきた育美から、お土産を渡したいという連絡が来た。

 時刻はもう十九時を過ぎていたが、俺はウキウキする気持ちを抱えて会いに向かった。


「おかえり育美」


「ただいま。会いたかったわ」


 一週間ほど会わなかっただけだが、育美は前より少し大人びて見える。

 制服ではなく私服の黒いワンピース姿ということもあって、そう見えているだけなのかもしれないけど。


「俺もずっと会いたかった」


「寂しかった?」


「かなり」


「そう。寂しい思いをさせてしまって申し訳ないわ」


 そう言いながら俺への距離を一歩詰めてくる育美。

 そして、そのまま服の袖を掴んできた。


 育美から触れてくるということは、育美も寂しい気持ちを抱いていたのかもしれない。

 俺も触れたい気持ちで溢れているからな。 


「その左手に持っている紙袋はお土産?」


「そうよ」


 海外旅行のお土産は貰ったことがないので、どんな物か気になるな。


「欲しい?」


「うん。もちろん」


「ただじゃあげないわ。ご褒美としてあげる」


 素直には渡してくれない育美。

 相変わらず少し意地悪だけど、好きだからちょっとした意地悪でも嬉しく思えてしまう。


「そこのベンチに座りなさい」


 言われるがまま、ベンチへ座る。

 育美はとんでもなく嬉しそうな顔をしているので、きっと嫌なことはされないはずだ。


「まずはあなたに目隠しをするわ」


「目隠し!?」


「何かおかしい?」


「い、いや……」


 明らかにおかしいが、育美の前でおかしいとは言えなかった。

 公園のベンチで目隠しをされるなんて初体験だからな。


 育美からキツめの目隠しを付けられ、目の前が真っ暗になる。

 何をされるかわからない変なドキドキ感があるな……


「私が外していいと言うまで絶対に目隠しを外しては駄目よ」


「もし外したら?」


「お土産はあげないし、あなたのことほんの少し嫌いになるわ」


 そんなこと言われたらもう外せない。

 ほんの少しでも育美に嫌われたくない。


「じゃあ、じっとしててね。あなたに試練を与えるから」


「試練!?」


 恐る恐る何が起きるのかを待ち受ける。

 育美が何かを用意している音は聞こえるが、何も見えないので予想もできない。


 身体が少しうずうずしてしまうのは何故だろう。

 別に何か楽しいことが起こるわけではないのに……


「冷たっ」


 突如、数滴の液体が顔にかかった。

 ほんの少し濡れただけで、何をかけられたかはわからない。


「私は今、あなたに何をかけたと思う?」


「えっ……」


 何も見えないので、何をかけられたかは分からない。

 少し冷たくて、あまり匂いはしなかったけど。


「ヒントは私の身体の中にある液体よ」


 身体の中の液体……だと?


 もしかして俺は唾でもかけられたのだろうか。

 いや、液体にさらさら感はあったから、唾であることは考えにくい。


 となると、他の身体の中の液体といえば……


 おいおい、まさかおしっことかじゃないよな?

 いや、育美がそんなことをするはずがない。


 だが、目の前が真っ暗なのでおしっこではない確信は持てない。

 何かゴソゴソとしていた音は、目隠しをしている俺の前でパンツを脱いでいた音かもしれない。

 パンツを脱いで、おしっこをかけてきた可能性は1%ぐらいはある。


「舐める勇気があるのなら、舐めてもいいけど」


 頬を垂れる液体を舐めてもいいと言う育美。


 おいおい、舐めるのに勇気が必要ということは、まさか本当におしっこなのか?

 別に俺は変態ではないが、育美のならギリギリ許容範囲だ。


 俺は震えた指で液体をつけ、口に入れた。

 その様子を見ていた育美から、不気味な笑い声が聞こえた。


「……無味無臭だな」


 舐めてみたが、想像していた味はしなかった。

 あまりにも無害だったので、肩透かしな結果だった。


「おしっこではなさそうだ」


「は? 何言ってるのよ……おしっこのわけないじゃない」


 怒った口調の育美に足を軽く踏まれてしまう。

 どうやらおしっこは論外だったみたいだ。


「これは、ただの水か?」


「そうよ。正解だわ」


「身体の中にある液体ってそういうことかよ……」


 確かに人間の身体の何割かは水分と言ったりするが……


 ヒントが逆に俺を混乱させた。

 何も見えないという状況が、想像以上に人を追い込むようだ。


「正解のご褒美にお土産を渡すわ。目隠しを外して」


「どんなお土産か楽しみだな」


 紙袋から手のひらサイズの箱を取り出す育美。


「問題だった液体にちなんで、お土産の香水よ」


「香水!? ありがとう!」


 香水なんて大人なアイテムは使ったことがない。

 こんなに嬉しいお土産を貰ったのは初めてだ。


「じゃあ、また目隠しをして」


「えっ? 終わりじゃないの?」


「まだお土産はたくさんあるから」


 どうやら、この目隠しゲームはまだまだ続くみたいだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る