第20話 ♀片想いの少女


 放課後になった。


 今までは部活動の時間があったが、これからはもうその時間は無い。


 良い風に言えば、遊び放題。

 悪い風に言えば、暇。


 まだ一年生なのに中学校生活の大事な基盤を失った。

 やめる前はたいしたことないと思っていたけど、実際にやめた後になると心にぽっかりと大きな穴が空いてしまっている。


 何か新しい趣味を見つけないと……


 時間は無駄にしたくない。

 親にお願いして習い事でも通わせてもらおうかしら。


「育美ちゃーん、遊ぼ」


 同じく部活をやめた美波が私の元に来る。

 嫌いなところは多いけど好きなところも少しある不思議な存在。


「いいよ」


 七渡の部活動が終わるまで暇なので、美波の誘いに乗る。


「お金ある?」


「うん」


「じゃあカラオケ行こう」


「このまま制服で?」


「むしろ制服の方が子供に見られなくて入りやすいって」


 カラオケはあまり好きじゃないけど、他にやることもないので受け入れる。


「学校帰りにカラオケなんて、誰かに見つかったら怒られないかしら?」


「合唱コンクールの練習だって言えば余裕っしょ」


「まだまだ先の話じゃない。課題曲も決まっていないわ」


「ボイトレは今からできるし」


 恐いもの知らずのポジティブ美波が、なんだか頼もしくも見える。

 なんか私だけがビビっているみたいで、負けたような気分だわ。


「お小遣いいくら?」


「月に一万円だけど」


「リッチ過ぎじゃん!? 羨ましい~」


 家庭環境は恵まれている。

 父親は仕事で成功していて、そこそこ大きな家も建っている。


 年に一度は家族で海外旅行をするし、家庭で振る舞われる料理も豪華なことが多い。

 ここの生まれだと私の家庭は平凡的かもしれないけど、全国的に見れば裕福なはずだ。


「あたしなんか千円だよ。お父さんのお願いを聞いてあげると、こっそり五千円渡してくれるけど」


「どんなお願い?」


「ないしょ~人には言えないことだもん」


 そこまで気にはならなかったので、それ以上は追及しなかった。

 美波の話を真に受けても時間の無駄になることが多いのよね。


 カラオケに着き、指定された部屋に入る。


 私が座った隣に座る美波。

 肩が触れるほどの近い距離に座っていて、少し暑苦しい。


「育美ちゃんから歌って~」


「先に言っておくけど上手くないからね。普通だから」


「そんな露骨にハードル下げるのはダサいって。マラソン大会で寝不足アピールしまくる奴じゃないんだからさ」


 腹立たしい顔で見てくる美波。

 もしかしたら歌に自信があり、私を見下しているのかもしれない。 



「あの~虹を渡って、あの夜に戻りた~い♪」


 私は自分の好きな曲を歌った。

 カラオケなんて滅多に行かないから、少しストレス発散になったかも。


「ぽいわぽいわ~その曲好きな人って自分のこと好きな人多いよね。可愛いよりカッコイイって言われたい系の女子ね」


 こ、こいつ……まじでうざいわね。

 決めつけが激しい奴にロクな奴はいないって兄さんも言ってた。


「でも、歌上手いじゃん。歌ってる横顔めっちゃ素敵だったし、声も可愛さとカッコよさがあって、普通に濡れ濡れだって」


「ジュースでもこぼしたの?」


「唐突なピュアやめてーな」


 美波はよく分からないことを言っている。

 でも、褒められたのは素直に嬉しい。


「じゃあ、あたし歌うね~」


 美波の番になり、少しの緊張感が走る。


「うっせぇわ! うっせぇわ! うっせぇわったらうっせぇわ!」


 クセの強い歌詞の曲を歌っている美波。

 壊れてしまったかと思ったけど、どうやらそういう歌らしい。


「うっせぇわ! うっせぇわ! うっせぇわったらうっせぇわ!」


 あなたの方がうっさいわよと言いたいが、我慢して聞き続けるしかない。

 美波の歌の上手さは曲のクセが強過ぎて判断できなかった……


 その後もお互いに二曲ずつ歌った。

 まだ時間は残されていたが、それで私も美波も満足してしまった。


「楽しいね育美ちゃん」


 そう言いながら私に抱き着いてくる美波。

 前からスキンシップが多い人だとは思っていたけど、今日はいつにも増して触れてくる。


「あのバスケ部にいるよりはましね」


「またバスケ部のこと考えてる。それはもう終わったことだから忘れていいのに」


「……そうね」


「育美ちゃんにとって大きな存在だったから忘れられないんだよね。心にぽっかりと大きな穴でも空いちゃってるのかな?」


 服の中に手を入れてきて、お腹に直接触れてくる美波。


「大丈夫。あたしが育美ちゃんの心の穴を埋めてあげるから」


 耳元で囁いてくる美波。

 吐息がかかっていて、身体がむずがゆくなる。


「あなただって部活やめたんだから穴は空いているでしょ?」


「……そうだね。お互いに埋め合いっこしてこっか」


 美波は私のことをちゃんと理解してくれる数少ない友達。

 だから、嫌なことがあっても、ムカつくことをしてきても、離れなられない。


 これが腐れ縁ってやつなのかしら――



     ▲



 美波と別れ、もう一度学校へ戻る。


 部活を終えた七渡が校門の前で待っていた。

 その姿を見て、心はしっとりと安らぐ。


「ごめん、待ったかしら?」


「ぜんぜん待ってないよ」


 私を待つ七渡は、まるでご主人の帰り待つ犬のように健気で可愛い。

 明らかに少し待っていたのに、ぜんぜん待ってないと答えるところも可愛い。


 そんな七渡を見て、私は自然と頭を撫でてしまっていた。


「な、なんだよ」


「しつけ」


「俺は犬かよっ」



 七渡と二人で公園へ行き、人通りの少ないベンチに並んで座る。


 体育館での練習の時は気軽に話せていたのに、今は何故か上手く話せない。

 待ち合わせ以降に会話が生まれないので、お互いに変な違和感があるのだろう。


 今まではお互いバスケを通じて話してきた。

 でも今は、ただのクラスメイト。それも男女の。

 冷静に考えれば、少し気まずいのも理解できる。


「先輩に反抗して部活やめることになったって本当か?」


「……それをどこで?」


「イケイケ組から聞いた」


 えっ、イケイケ組って何?

 知らないと恥ずかしい常識かもしれないから、聞き返すのは止めておこう。


「まぁ、それも原因の一つだわ」


「俺が原因だったりするか?」


 不安そうな顔を見せる七渡。

 彼が想像以上に落ち込んでいたのは、自分がやめるきっかけを作ってしまったのではないかと考えているからかもしれないわね。


「あなたは何も悪くないわ」


 あえて否定はしなかった。


 簡単に安心はさせないの。

 じっくりことこと彼の感情を煮ていたいから。


「先輩に暴力とかは奮ったりしてないか?」


「……さぁね」


 半信半疑な七渡。

 あたしが具体的に何をしたかまでは知らないみたいね。


「もう暴力を奮ったり、手を出したりとかはしないでほしい」


「それは私が決めることよ。あなたが指図することじゃない」


「そういうことしてたらいっぱい敵を作っていくと思うし、どんどん住みにくくなると思う。それがちょっと心配なんだ」


 七渡の言っていることは理解できる。

 でも、私は負けず嫌いだから、どうしても反抗してしまう。


 それが社会では通用しないことも理解してきた。

 実際に私はバスケ部をやめることになったし、敵は増えていく一方だった。


 負けず嫌いの性格をなんとかしないと、社会で上手く生きてはいけない。

 厄介事や面倒事が増えて、大変な人生になってしまう。


「別に私からは何もしてないの。正当防衛をするだけ」


「挑発もしてない?」


「……うぅ」


 七渡は私を簡単に逃してはくれない。

 私を変えさせたいという強い意思を感じる。


「じゃあ誰かに攻撃された時はどうするのよ? 黙ってやられろとでも言うの?」


「その時は俺が暴力以外でなんとかする」


「あなたに何ができるのよ」


 七渡は身体能力も高くなければ、勉強も得意なわけではない。

 そんな彼に誰かを救える力があるとは思えない。


「平和的に解決する」


「具体的に言って」


「できる限り言葉で説得する」


 そんなことできやしないのに、顔はその気でいる。

 絶対に自分が何とかしてみせるという気迫を感じる。


「ショッピングモールで変な奴に絡まれた時は?」


「大声で叫んで手を出さずに撃退する。ショッピングモールは人が多いから、周囲の目もあるし」


「喧嘩の強いヤンキーがボコボコにしてきたら?」


「俺が身代わりになって育美が逃げる時間を稼ぐ」


 七渡がそうしている姿は不思議なことに用意に想像できる。


 彼の言葉は嘘じゃない。

 だからこそ、危なっかしくもある。


「どうして私のためにそこまでするの?」


「……育美は笑顔でいる方が絶対に可愛いから」


「えっ」


 真っ直ぐな目で恥ずかしい言葉をかけてくれる七渡。


「育美が傷つく姿は見たくない。育美が苦しむ姿は見たくないんだ」


 そんなこと、今まで言われたことなかった。

 みんな自分のことばかりで、それで生きていくのが精一杯で、周りを大切にする余裕なんてできない。


 でも、彼は違う。

 きっと、自分よりも大切な人を優先できる人なんだ……


「わかった。もうやり返したり、暴力を奮ったりはしないわ」


 彼がそれを望むなら、私は受け入れるしかない。

 私も彼が、彼が私を想う以上に大切だから。


「……あなた以外にはね」


「えっ!?」


 私の言葉を聞いて驚いている七渡。


 彼は前に、私の感情を自分にぶつけていいと言っていた。

 だから彼だけは例外。

 私が大切に気持ち良く弄ぶの。


「俺はいいのかよ」


「もちろんよ、あなたは私にとって特別だもの」


 私の言葉を聞いた七渡は嬉しそうにしている。


 七渡へのちょっかいや仕返しは好きだからやめられない。

 他の人をどうでもいいと思う分、彼に夢中にならないといけない。


「そこまで言ったのなら、決して逃げちゃ駄目よ」


 七渡の手を掴んで放さない。

 彼は誰にも渡さない。私だけのもの。


「う、うん」


「ふふっ、後悔しても遅いから」


 私は七渡のことが好き。


 だから、彼にいっぱい刺激を与えていき、

 私をもっと好きになってもらわないといけないわね――

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