第19話 ♂片想いの少年


 部活後の練習に育美が来なかった。


 一人で黙々と練習していたが、育美がいないとやる気が出ない。

 何も考えずにただシュートを打ち続けていた。



「お待たせ」


 練習を終えて片付けを始めると、育美が体育館の入り口に現れた。


 普段とは異なる、寂しそうな表情をしている。

 いつもは俺を目を見て話すが、今は視線が少し下に落ちている。


「もう終わりの時間だぞ」


「そうね」


 少しでも顔を見せてくれてホッとしたけど、もっと早く来て欲しかったという我儘な気持ちもある。


「片付けするから、先に帰っていいよ」


「ふふっ、拗ねないの。私も練習したかったけど、用事ができちゃったから」


 どうやら何か用事があったみたいだ。

 それなら育美を責めることはできないな。


「用事ができちゃったのか」


「そう。ごめんね、寂しい思いさせて」


「別に寂しくなんかねーし」


 めっちゃ寂しかったが、恥ずかしいので無駄に強がった。


「私は会えなくて寂しかったわ」


「……ごめん、やっぱり俺も寂しかった」


 俺の強がりが育美に秒で読まれてしまったので、素直な気持ちを吐露する。


 育美は俺を強がらせてくれない。

 正直に生きられている感じがするから、それが変に心地良くはあるけど。


 普段はみんなに情けないとかカッコ悪いとか思われたくないから強がることが多いけど、育美は素の俺の気持ちを引き出そうとしてくる。

 そして、俺が素の気持ちを言うと、嬉しそうな表情を見せてくれる。


 そんな育美を見ていると、どんな自分でも受け入れてもらえるんだという安堵感が出てきて、変に甘えてしまいたくなる。

 ずっと一緒にいたくなってしまう……


「そんなあなたに悲しいお知らせがあるわ」


「おいおい何だよ……」


「この時間も、もう終わりなの」


 育美は急に悲しいことを告げてくる。

 この時間が終わりって、どういう意味なんだ……


「えっ、何で?」


「私バスケ部やめたから」


 育美の衝撃的な発言。

 部活後の練習をしないどころか、部活すらやめたみたいだ。


「ど、どうして……」


「あなたとするバスケは楽しかったけど、部活でするバスケは楽しくなかったから」


 育美は先輩に目をつけられていて、部活では居心地が悪く自由に練習ができないと言っていた。

 それがもう我慢できなかったのか、俺より遥かに上手いのにやめてしまうみたいだ。


「私の分まで頑張れる?」


 育美の質問には首を横に振って答える。


「もっと一緒に練習したい」


「私も同じ気持ちよ」


「じゃ、じゃあ」


「でも、もうバスケ部じゃないのに練習という名目で使用できないでしょ? それはただの遊びになってしまう」


 育美の言う通り、バスケ部でないと放課後練習は難しい……

 俺が単にサッカーがしたいからといって、放課後にボールとコートを借りるのは無理だ。

 公園でやれよと言われてしまう。


「うーん……」


「悩んでも、もうどうしようもないわ」


 何か策を考えるが、良いアイデアは出てこない。


「辛い?」


「辛いに決まってるだろ」


「ふふっ」


 辛いと答えると嬉しそうにする育美。


「楽しい時間はずっと続かないの。人生ってそういうもんでしょ?」


 許嫁の仲となった幼馴染の翼とも引っ越して離れ離れになった。

 遊んでばかりだった小学校生活が終わって、勉強や部活が大事となる中学校生活が始まった。

 中学校生活が楽しくなっても、三年で終わってしまい新しい高校生活が始まる。


 ずっと続くものなんてない。

 楽しい日常もいつかは終わってしまう――



「もう帰りましょ」


 俺は帰りたくなかった。

 この楽しい日常を終わらせたくなかった。


 しかし、育美に腕を引っ張られて体育館から連れ出された。

 楽しかった空間が壊れてしまうのは、あまりにも物悲しい。

 もう二度と味わいたくないなと思った――



     ▲



「おいおい元気ねーな」


 教室で椅子に座って机にぐったりしていると、一樹から声をかけられた。


「別に……」


「いや、懲役300年を言い渡された時ぐらい落ち込んでるぞ」


「そこまでは絶望してねーよ。そんなこと言われたら、涙とか涎とか全部垂れ流してるっての」


 今はもう無気力状態って感じだ。

 やる気が無くて元気が出ない。

 燃え尽き症候群ってやつかもな……


「それで、何があったんだ?」


「放課後練習に育美が参加できなくなった」


「部活やめたからか?」


「何で知ってんの?」


 意外にも一樹はもう育美が部活をやめたことを知っていた。


「そりゃこの中学で十年に一度の逸材とか言われてたんだから、やめたら男バスのイケイケ組には伝わってくるだろ」


「俺はダメダメ組かよ!?」


 残念なことに、イケイケ組の情報は俺まで回ってこなかった。


「どうやら先輩と揉めたらしいな」


「そうなんだ……」


「彼氏なのに知らなかったのか」


「彼氏じゃねーって!」


 何故か育美の彼氏扱いをしてくる一樹。

 そこまでイチャイチャはしていないと思うが……


「おいおい、名前で呼び合って放課後も毎日一緒に二人で練習してたら、もう俺から見たら付き合ってるようなもんだぞ」


「そ、そんなんじゃないから」


「じゃあ、どんな関係なんだ?」


「友達?」


 どんな関係かと問われると答えるのは難しい……

 友達とは答えたが、それ以上の存在だと思っている。


「じゃあ須々木が見知らぬ大学生と付き合い始めたら?」


「子供みたいにワンワン泣くかもな」


「めっちゃ好きじゃん」


 育美に彼氏とか、受け入れられないだろ。

 育美も俺に彼女ができたら嫌だと思うのかなぁ……


「逆に聞くけど、俺の母親が再婚したら?」


「奪い返すまでだ」


「そこは早々に諦めてくれよ」


 一樹は悲しむよりも、取り返す心意気らしい。

 こんな厄介な奴に俺の母親は狙われてんのかよ……


「でも、須々木にはあんまり深入りしない方がいいと思うぞ」


「何でだ?」


「聞いた噂だけど、部活をやめたのは先輩に手を出したからってさ」


「育美のやつ……」


 前に相談された時、俺はやり返さない方が良いとは言ったけど、育美は先輩にやり返しちゃったみたいだ。


 やっぱり復讐は不幸を生む。

 実際、育美は部活をやめる羽目になってしまった。


 でも、やられっぱなしが嫌な理由もわかる。

 どうするのが正解だったんだろうなぁ……


「私の噂話?」


 いつの間にか背後にいた育美。

 急に聞こえた冷たい声に思わず背中がぶるっと震えた。


「あっ……いや」


「七渡のやつ、須々木と練習できなくなって死ぬほど落ち込んでたんだ」


 一樹が変な空気にならないよう、フォローをしてくれる。

 だが、そのフォローはちょっと恥ずかしい。


「……そう」


 一樹の言葉を聞いて顔を赤くする育美。


「そんなに寂しいのなら、部活後に会わない?」


「えっ、いいの?」


 その提案は俺もしたかったが、拒否されるのが恐くて言えなかった。

 だから、育美の方から言ってくれたのは嬉し過ぎる。


「私もあなたとの時間がないと落ち着かないし」


「じゃあ、部活終わったらすぐに会いに行く」


「ええ、待ってるわ」


 育美と一緒の時間はまだ続くと聞いてテンションが上がる。

 むしろ練習よりも楽しい時間が過ごせるかもしれない。


「お前ら両想いじゃん」


「「違うから!」」


 一樹の言葉に俺と育美は声を揃えて否定した。


 これは俺の片想いだからな――

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