第18話 ♀助けられる少女
人生で一番怒りが込み上げている。
これまでも許せないことは何度もあった。
でも、今はそんな過去とは比にならないくらいの怒りを抱えている。
どうしてこんなに許せないのかは明白だ。
今回は私が何かされたわけじゃない。
私の大切な人が傷つけられたからだ。
私の宝物を持ち出して、勝手に傷つけられた。
そんな行為、許されるわけないじゃない……
「何よ、話があるって」
部活後に石田先輩達を人通りのない廊下に呼び出した。
「謝るなら今の内よ。今日の私はあなた達のその頭を地面につけるまで決して許さないから」
「上から目線で話さないでくんない、まじムカつかくんだけど」
この人達には先週、部活後の練習の件で理不尽な注意を受けた。
そこに七渡が介入してしまったため、この三人の先輩達から目を付けられたに違いない。
きっと私には太刀打ちできないから、代わりに七渡へ嫌がらせをしたんだ。
その証拠に、この人達は顔が腫れた七渡を見て笑っていた。
もう彼を傷つけさせるわけにはいかない。
彼を傷つけていいのは私だけだもの。
「天海君に、何をしたんですか?」
「べ、別に何も」
「ぶはっ、あいつの腫れた顔まじでウケたよね。今野君容赦なさすぎでしょ、作戦大成功じゃん」
石田先輩は知らないふりをしようとしたが、新井先輩は作戦だったと笑いながら話す。
「下品な笑い声ですね新井先輩。下品なのは顔だけにしておいてください」
「あんだと須々木っ!」
新井先輩は一人だと私に何も言ってこない。
でも石田先輩や他の先輩と一緒にいると、強気になって私を小馬鹿にしてくる人だった。
「あなたのこと、みんな陰で馬鹿にしてますよ。一人だと何もできないくせに偉そうで厄介な人だって」
主に美波が馬鹿にしていた。
私はほとんど眼中になかったけど。
「ば、馬鹿にしないでっ!」
私の頬を叩こうと右腕を振りかざす新井先輩。
その右腕を掴み、勢いを利用してそのまま背負い投げをした。
「痛いっ」
背中が廊下に叩きつけられ、鈍い声をあげた新井先輩。
そのまま床で、もがき苦しんでいる。
空手の習い事はやめてしまったけど、あの時に学んだ動きは身体に染みついている。
誰かを守る時以外は空手の技を使ってはいけないと師範が言っていたけど、私は自分のプライドを守るために使わせてもらうわ。
「その痛みは天海君も受けました。あなたがやったのはそういうことです」
前に七渡が私にやられてもやり返しては駄目だと言っていた。
七渡は負けず嫌いでも優しいからそう考えるのかもしれないけど、私は優しくない負けず嫌いなの。
だから、舐めた真似をする奴は絶対に許せない。
「人の痛みというのは二倍にして返さないとわからないのよね」
倒れている新井先輩の胸ぐらを掴む。
これだけでは私の怒りは静まらない。
「ひ、ひいっ」
後輩の私にビビっている新井先輩。
こんな虫けらみたいな人に私の大切な人を傷つけられたと思うと、より怒りが湧く。
「お、おい須々木、先輩に手を出すとかどうなるか分かってんのか!」
「どうなるんですか?」
私を脅してくる石田先輩に詰め寄る。
「教えてくださいよ」
「こういうことだよ!」
石田先輩の蹴りが脇腹に入る。
スポーツをやっているだけあって多少の威力はあった。
「ざ、ざまぁみろ」
「何がですか?」
私は蹴り上げた石田先輩の右足を持ち、私の足で先輩の左足を引っかけて豪快に倒す。
「あでっ」
衝撃を受けた石田先輩は股広げてパンツが丸見えの情けない姿となっている。
敗者に相応しい無様な姿ね。
「はいはい強い強い」
今まで黙って見ていた渡邊先輩が私の元へ歩いてくる。
この先輩は口数が少なく、今までも石田先輩のことを隣で見守っていることが多かった。
「でも、あなたの人生はもう終わり」
「どういうことですか?」
「今までの一連の流れをスマホで録画してたの」
制服の胸ポケットにスマホを忍ばせていた渡邊先輩。
今までの流れを撮影していたことで勝利宣言をしているみたいだ。
「だから何? 新井先輩は私を叩こうとしたから防ぐためにそのまま背負い投げをした。石田先輩も先に私を蹴ってきたから、自分を守るために倒した。どう見ても正当防衛よ」
「そのまま動画ならこっちにも非があるように見えちゃうね。でも、私の兄はユーチューバーをやってて家で動画編集もできる。音声を消して都合の悪い所をカットして繋ぎ合わせれば、あなたを完全な悪者にすることができるわ」
石田先輩や新井先輩たちのようなお馬鹿で嫌な先輩は何も恐くない。
でも、渡邊先輩のような小賢しい人は少々厄介ね。
「私も私でその動画が編集されたものだと主張します」
「ただ暴力を奮う人にあなたを仕立てあげれば、転校措置や少年院行きにでもなるのかな? あなたの人生は終わりじゃない?」
転校や少年院行きとなれば、七渡に会えなくなってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
「あれあれ、さっきまでの威勢のいい表情はどこにいったのかな?」
「くっ……」
「ふぅー形勢逆転だな」
石田先輩が立ちあがり、震えた口で形勢が逆転したと話す。
新井先輩も壁にもたれながら立ちあがり、こっちを見ている。
「石田さん、あなたを追い込むために岡本先生に気に入られようとし過ぎて、先生が勘違いしちゃってキスまでされてたの。だから先生は確実に石田さんの味方をする。石田さんが嫌いな先生に媚び売った価値があったわけだ」
石田先輩が顧問の岡本先生に気持ち悪いくらい媚びを売っているとは美波から聞いていたけど、好きにまでさせていたとはね……
「私も直接は言わなかったけど須々木さんのこと嫌いだったの。私が欲しかった容姿をしてることもあってね」
勝ちを確信しているのか、悠長にべらべらと話す渡邊先輩。
このままだと成す術がない。
スマホを奪い取って壊すのが唯一の手だろうか……
「あなたが目に映ると不快だった。だから、バイバイだね」
渡邊先輩が悪魔のような目を見せる。
七渡、どうしよう……
「ふえぇ~あたしも動画取ってたよー」
「「えっ」」
突然聞こえたふざけた声に、私と渡邊先輩は同時に驚いた。
どうやら、私にも悪魔のような味方がいたみたいだ。
「あたしも渡邊先輩と同様に一連の流れをスマホで録画してましたよ〜ん」
「なっ……」
まさかの予期せぬ美波の登場に渡邊先輩は驚いている。
だが、それ以上に私が驚ている。
何で美波がここに……
「大塚ちゃん、それは消してもらえる? そうしないと、先輩達が総出で怒るよ」
美波が動画を持っていれば、渡邊先輩に編集されようが元の流れを見せることができる。
「渡邊パイセンに提案があるんですけど〜」
「何かな?」
「もう二度とあたしと須々木さんと天海君に関わらないでください。そしたら、この動画が世に出ることも無いんで」
美波は勝手に渡邊先輩と交渉をする。
何か美波に企みでもあるのかしら……
「そうは言われてもね」
「あたしたちバスケ部を退部するんで、それならもう関わらないで済みますよね」
「……そういうことなら、呑んでもいいかな」
条件を呑んだ渡邊先輩は、この場から去っていく。
石田先輩と新井先輩もその後を追っていった。
とりあえずは助かったのかしら……
でも、失うものもあった。
「どうしてここに?」
「育美ちゃんが先輩を呼んで面白ろそうなことするから、隠れて見てた」
「そう……あなたの性格の悪さに助けられたのね」
普通なら最初から顔を見せるはず。
それをこっそり覗いているなんて、美波らしいわね。
「でも、勝手に退部させないでよ」
「あんなことがあってバスケ部にいられるわけないじゃんか」
「ま、まぁそうね……」
バスケ部をやめる覚悟で先輩を呼び出した。
だから、この結果を受け入れることはできる。
「でも意外ね。あなた、私を助けてくれるのね」
「別に助けてないよ。自分のためだし」
「え?」
「だって育美ちゃんが暴力問題で少年院とか転校とかになったら、あたしが困るもん。だから阻止しただけ」
美波は素直じゃないのか、私を助けてあげたとは言わない。
「それに部活とかいうダルい時間が消えれば、もっと育美ちゃんと一緒にいられるし、ちょうどいいやと思って」
「……あなたは相変わらずなのね」
「だから最初の頃に謝ったじゃん。あたしといると、この先ロクなことになんないよってさ」
それでも美波に助けられたのは間違いない。
そこは感謝をしている。
退部になろうが、七渡とは離れ離れにならないもの。
「ありがとう美波」
「そんな言葉を期待してたわけじゃないけど、貰えるものは貰っておくよ」
そのまま私は美波と顧問の先生に退部の意思を伝えた。
最初は聞き入れてはくれなかったけど、石田先輩とキスした話をちらつかせたら了承してくれた。
職員室から出た私は夜空を見上げ、深い溜息をつく。
バスケ部をやめてしまったけど、開放感はある。
嫌な先輩達とも関わらないで済むし、最後に一泡吹かせることもできた。
これは、私の勝ちよね……?
「黄昏れてるとこ邪魔して悪いけど、七渡君のこと放置してていいの? だいぶ時間経ってるけど」
「あっ」
今日も部活後に一緒に練習する日だった。
七渡は体育館で一人寂しく練習しているはず。
寂しそうに私を待つ七渡を想像すると、それはそれでちょっと可愛いわねと思ってしまう。
これが噂の放置プレイってやつかしら――
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