第17話 ♂助けられる少年


 部活が始まり、練習を行う。


 最初は足を引っ張り過ぎて練習にはまともに参加もできなかったが、今では流れを止めずにプレーができるようになった。


 休憩中に隣のコートで練習をしている女子バスケ部の様子が目に入った。


 育美が先輩三人に囲まれている。

 先輩達の表情は険しいので、怒られているのだろうか……


 男子バスケ部のコートに近い端の場所にいるため、近くに行って聞き耳を立てる。


「あんた、部活後に練習してること先生に報告してなかったんだってね。先生に言ったら知らないぞそんなことって怒ってたよ」


「そうですか」


「そうですかじゃなくて」


 どうやら育美は放課後練習のことに関して先輩達から文句を言われているみたいだ。

 これは放っておけないな。


「先生に何か言われたらやめます」


「いやいや、何か言われてからじゃなくてさ」


「そもそも部活後に練習なんて真面目なだけじゃないですか。悪い理由が見当たらないんですけど」


 先輩達にも堂々と反論している育美。

 その凛々しい立ち振る舞いには惚れ惚れするが、少し危なっかしくもある。


「今すぐやめろってこと!」

「ルール違反だよ!」


 先輩達に詰め寄られる育美の前に割り込む。

 こんな状況黙って見てられない。


「あ、あの」


「誰なのあんた? 邪魔しないでよ」


 怒っている先輩達に睨まれる。

 育美は何で来たのよという困惑した表情をしている。


「部活後の体育館の利用は僕が許可を取っているので問題無いかと。それに、むしろ僕が須々木さんに教えてとほしいと誘った身なので」


「部外者は黙っててよ!」


「めっちゃ関係者です。ずぶずぶなぐらい関係者です」


 罵声を浴びせられたが、育美を見習い反論する。

 育美が頑張っているのに、俺が怖気づくわけにはいかないからな。


「もう駄目だこいつら。これだから最近の若い奴らは」


 呆れながら去っていく先輩達。

 先輩達も二年生だから、最近の若い奴らの一人じゃねーか。


「七渡」


 振り返ると、そこには思い詰めた育美が立っていた。

 ヤバい……表情的に怒られそうだ。


「余計なことしないで。これは私の問題だから、あなたを巻き込みたくないの」


「ご、ごめん」


「でも、ありがとう。おかげでうるさい人達を追い払えたわ」


 感謝を告げて練習に戻る育美。


 育美は怒ったあとに褒めてくれることが多い。

 それが好きで、育美になら怒られても嫌じゃない自分がいる――



     ▲



 育美が先輩達と言い争っているのを見た日から一週間が経った。


 もしかしたら育美が部活後の練習に参加できなくなるのではと危惧していたが、何も変わらず同じ日常が続いてくれた。


 部活の時間になり一人で体育館へ向かっていると、急に見知らぬ先輩に話しかけられた。


「てめぇか天海ってのは」


「は、はい」


 出会って早々、とんでもなく睨まれている。

 坊主頭なので、野球部の先輩で間違いないだろう。


「聞いたぜ……お前、俺を馬鹿にした悪口を言っているらしいな」


「えっ?」


「えじゃねーよボケがっ!」


 意味の分からない文句を言われて戸惑うと、間髪入れずに思い切り右頬を殴られた。

 唐突過ぎて避けきれず、脳が揺れるような感覚で視界がぐらつく。


 痛いのはあんまり嫌じゃない。

 だが、男に殴られるのは好きじゃない。


「な、何すんですか?」


「調子こいてんじゃねーぞっ!」


 やばっ、また殴られる。


「俺の親友に何してんすか?」


 先輩の背後から腕を掴んで殴る行為を中断させた一樹。

 親友の登場に今までにない安堵を感じた。


「んだてめーは?」


「何で七渡を殴っているんですか?」


「こいつが俺の悪口を言いふらしているって、クラスの女から聞いたんだよ」


 とんでもない勘違いをしている先輩。

 俺はこの人のことすら知らなかったし、誰かの悪口を言いふらす真似もしていない。


「七渡はそんなことする奴じゃありません。きっと先輩のことも何も知らないです。嘘ではないことは俺が保証します」


 恐そうな先輩にも物怖じせずに話す一樹。

 身長も高く体格も良い一樹を見て、先輩は少し警戒しているみたいだ。


「そうはいってもな」


「そのクラスの女性は信頼できる人ですか? もしかしたらあなたは利用されているだけかもしれませんよ」


「チッ」


 舌打ちをしてこの場から去っていく先輩。

 どうにか誤解だと分かってくれればいいけど……


「とんだ災難だったな」


「まじでいきなり何なんだよ」


 口の端が切れていて血が出ている。


 警察に通報したらあの人捕まるだろ。

 面倒なことになるから、これ以上関わらないなら先生にも言うつもりはないけど。


「心当たりは無いか?」


「まったく……強いて言えば、前に女バスの先輩達に反論しちゃったぐらいかな」


 あの先輩達が何か仕掛けてきたのだろうか……

 それだと、育美に心配かけることになっちゃいそうだな。


「廣瀬君に助けてもらったってちゃんと母上に報告しておいてくれよ」


「おいおい、それが目当てかよ」


「まぁ冗談は置いといて、何かあったらいつでも言えよ。大声で呼んでくれれば、真っ先に助けにいくから」


 一樹は頼もしい言葉をかけてくれる。

 俺が女だったら間違いなく惚れていたな……




 体育館へ行き、部活動が始まる。


 休憩の時間になると育美が俺の元へ来た。


「……その怪我、どうしたの?」


 育美は腫れた俺の右頬を見て、心配そうに話す。

 隠したいなと思ったけど、毎日一緒の時間を過ごす育美には隠し通せそうになさそうだから話すしかないか……


「見知らぬ恐い先輩にいきなり殴られた」


「な、何で?」


「クラスメイトの女の子に俺が先輩の悪口を言ってるって聞いたからだって。何かの勘違いかもしれないけど……」


「そう」


 言葉は冷静だが、鬼の形相を見せている育美。

 拳を強く握っていて、爪が手のひらに突き刺さっている。


 今まで見てきた中で一番怒っている育美。

 俺が見ても恐いと感じてしまう。


「一樹が助けてくれて、先輩にも誤解じゃないかって説得してくれたからもう大丈夫だと思うけど」


「……大丈夫。あなたは何も心配しなくていいわ」


 何か覚悟を決めた目をしながら背を向ける育美。


「あまり余計なことするなよ」


「余計なことはしないわ。大切なことだけ」


 育美ともう少し話したかったが、練習が再開してしまった――

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