第16話 ♀変態じゃなかった少女


 中間テストの結果が返ってきた。


 勉強はあまり好きではないため、そこまで自信はなかった。

 テストの総得点によるクラス順位は34人中、20番目という低さだった。


「美波、テストどうだった?」


「余裕だったけど」


 美波はズル賢いところがあるので、意外と頭が良いかもしれない。

 この人だけには絶対負けたくなかったけど……


「余裕で最下位」


「そっちの余裕!?」


 ちゃんと馬鹿だった美波。

 悪い意味で期待を裏切らなかったわね。


 でも、美波に勝てたのは嬉しい。

 これで私の中で負けてないことになる。


「私が言える立場でもないけど、少しは勉強しなさいよ」


「だって~勉強できなくても可愛い女は男にすがって生きていけるもーん」


 テストの結果が悲惨でも開き直っている美波。

 こんなダメ人間でも、しぶとく生きていきそうなタフさは感じるので厄介だ。


「芸能界見ててもお馬鹿モデルとか人生楽しそうだもーん。むしろ勝ち組だもーん」


「せめて授業だけでもちゃんと聞きなさいよ」


「隠れてスマホ見る方が楽しいもーん」


 救いようもないクズね。

 こんな人、誰も救おうとも思わないだろうけど。


「ねぇ七渡」


 美波は話にならないので、七渡の元へ向かった。


 先日、うっかり下の名前で呼んでしまった。

 それ以降は名前で呼ぶようになった。


 最初は気恥ずかしさがあったけど、もう呼び慣れてきた。


「どうした?」


「テストの結果どうだったの?」


「そこそこだったけど」


 そこそこなら、私といい勝負かもしれない。

 美波には絶対に負けたくなかったけど、七渡にも負けたくない。


「私はクラスで20位だったわ。あなたはどうかしら?」


「……育美って意外と勉強苦手なんだな」


 馬鹿にするような目で私を見てくる七渡。

 むぅ~これは許せないわね。


「俺は18位だった」


「たいして変わらないじゃない!」


「初めて育美に勝てたぜ」


 勝ち誇った顔が憎たらしいので、頬を軽くつねる。


「いててて」


 痛そうだが、少し嬉しそうにもしている七渡。

 その反応が私を満足させる。


「なにすんだよっ」


「私に勝ったご褒美よ」


「ご褒美じゃなくてお仕置きだろ」


 七渡の可愛いふくれっ面。

 また頬をつねってほしいと誘っているのかしら?


「須々木さんと天海君って仲良いんだね」


 クラスメイトの小峯さんから話しかけられる。


 今日は珍しく教室でも七渡と話していたからか、周りの生徒達が私達に注目していた。

 それが恥ずかしくて、私は何事もなかったかのように黙って席へ戻った。



     ▲



 放課後になり、部活が始まった。

 最近は居心地の悪さも薄くなり、部活でも多少は楽しめるようになった。


「ねぇ須々木」


 石田先輩に声をかけられる。

 最近はあまり反抗しなくなったので絡んでくることは少なかったが、今日は嫌な顔をしている。


「居残り練習してんだってね」


「……どこでそれを」


「他の部活の友達が見たって言ってたから」


 一番知られてほしくない相手に知られてしまった。

 もしあの時間の邪魔をするのなら、その時は全力で立ち向かう。


「男バスの天海だっけ? あの冴えない感じの男子が好きなの?」


 七渡の名前を出すのはやめてほしい。

 彼に関することは、本気になってしまうから。


「彼は勝手に練習に付き添っているだけです」


「そうなんだ。じゃあ彼と遊んでもいいよね?」


「駄目に決まってますけど」


 石田先輩を殺意を込めた目で睨む。

 彼に何かするのは絶対に許せない。


「じょ、冗談だよっ」


「彼に何かしたら一生恨みますから」


 人の宝物に勝手に触って傷つけるなんて許される行為ではない。

 その時は部活を辞める覚悟で、先輩を叩きのめしてしまうかもしれない――




 放課後になり部活を終え、天海と居残り練習を始める。


 結局、美波はあれから一度も混ざりに来なかった。

 私をからかうにしても、部活後は流石に面倒だと感じたのだろう。


「あたっ」


 七渡がドリブル中に転んで倒れ込んだ。

 私は急いで七渡の元へ駆け寄った。


「大丈夫?」


「擦った~ヒリヒリする」


 足を見ると、床に擦ったのか膝から血が出ている。


「救急箱持ってくるからちょっと待ってなさい」


 部室から救急箱を持ち出して、七渡に手当を施していく。


「消毒液をかけて傷口を綺麗にするから」


「いっつぅ~やばいくらい染みる」


「染みるのは我慢しなさい」


 可愛い声を出しながら、もがいている七渡。

 その姿を見て、何故か胸が熱くなった。


「くっつぅ~」


「消毒はちゃんとしないといけないから」


 軽い消毒は終わったが、さらに消毒して綺麗にした。

 傷口が再び染みた七渡は、また可愛い声を聞かせてくれた。


「うっつぅ~」


「ちゃんと耐えてて偉いわ」


 私の一手で七渡がもがく。

 それが得も言われぬ快感を私に与えてくれる。


「あと少しかしら」


「おいおいまだ消毒する気かよ」


「あっ……ごめんなさい」


 七渡が困惑した顔を向けてきた。

 私は少々あらぶっていたことに気づき、慌てて謝った。


 綺麗になった傷口に絆創膏をして、治療を終える。


「ありがとう育美。助かったよ」


「たいしたことではないわ」


 七渡に感謝を告げられる。

 感謝したいのは私の方だ、おかげで良い時間を過ごせたから。


「育美ってSだよなぁ~」


 七渡は私をアルファベットで表現してくる。


「S? どういうこと?」


「サディストってこと。逆にMはマゾヒスト。簡単に言えばSは虐めるのが好きな人で、Mは虐められるのが好きって感じかな」


「へぇ……」


 SかMかって表現は何度か耳にしたことあったけど、そういう意味だったのね。


「別に私は虐めっ子ではないわよ」


「そういうのとは意味が違ってなぁ……何だろう、例えば好きな人が痛がったり苦しんだり追い込まれたりする姿に興奮したりとかか?」


 別に私は興奮してなんか……


 七渡の言葉を否定しようとしたが、自分の異変に気づく。

 どうやら私の身体は彼のせいで変になってしまっていたようだ。


「……そういう人って、やっぱりおかしいの?」


「いや、相手が嫌がらなきゃ別に良いんじゃないか? それに、Sの人なんて世の中にはいっぱいいるし、度を超えてなきゃ何もおかしくはないと思うけど」


 自分はもしかして変態なのではないかと危惧したけど、別に珍しくはないみたいだ。


「あなたはMなの?」


「ふ、普通だよ」


「さっきの消毒嫌だった?」


「別に嫌じゃなかったけど」


 みんな消毒は染みるから嫌がるはず。

 でも、消毒しないといけないからそれを受け入れる。


 それが嫌じゃないと言う七渡はMなんじゃないかしら?

 今までも彼を追い込むと少し嬉しそうにしてたし、さっきの消毒も痛がっていたけどちょっと楽しそうにしていた。


 彼も彼で、自分の気持ちに気づいてないのかもしれない。

 なら、ちゃんと自覚できるように目覚めさせてあげないといけないわね。


 どうやら、私達の相性は良いみたいだ――

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