第15話 ♂耳舐めされる少年
六月も中旬になり夏も近づいてきて、少し気温が高くなってくる。
小学生の夏休みは遊んでばかりだったけど、中学生の夏休みは部活動が多いみたいだ。
それを思うと、夏休みはあまり楽しみじゃなくなるなぁ……
部活を終え、今日も育美とバスケの練習を行う。
いつも通りの時間が始まると思っていたが、意外な来訪者が現れた。
「あたしも混ぜて~」
体育館に大塚さんが入ってきた。
ジャージ姿なので、バスケの練習にでも来たのだろうか……
「珍しいね大塚さん。練習に混ざるってこと?」
「うん。前に二人で練習ちてるって聞いたから」
てちてちと歩きながら俺の元へ歩いてくる大塚さん。
そこに育美は少し恐い表情で詰め寄ってくる。
「ちょっと美波、何しに来たの?」
「あたしも混ぜて~」
「遊びに来たなら帰ってちょうだい」
大塚さんを追い出そうとする育美。
その圧力に何一つ屈せず、ふえぇ~と鳴いている。
「ふえぇ~天海君、あたしもぜんぜん上手くならなくてやばいから練習したいよん」
俺の腰に抱き着いてきて、練習したいという意思を伝えてくる大塚さん。
これは困ったなぁ……
「ちょっと天海君、しゃがんで」
大塚さんに言われたまましゃがむと、耳に手を当てて耳打ちをしてくる。
「……もし参加させてくれないと、先生に体育館を占領してるってチクるよ」
そう告げて、軽く耳を舐めてきた大塚さん。
予期していなかったので、思わず身体がブルっと震えてしまった。
何してんのと文句を言いたかったけど、育美の前で耳を舐められたと言えなかった。
「もう一度言うよ天海君、あたしも混ぜて」
「そういう目的なら、拒否するわけにはいかないけど」
後で育美に理由を説明しよう。
先生に言われてしまえば、部活後の練習ができなくなってしまう可能性があるからな。
それにしても、わざわざ耳打ちして俺にだけ言ってくるのなんて嫌なことするなぁ。
「ちょっと天海……」
「体育館は俺達のものじゃないから、独占したりはできないよ」
相手が大塚さんでなくても、他の競技で使いたいとなれば譲り合わなければいけない。
今までは奇跡的に俺達しか利用していなかった状況だったんだ。
「ありがとう天海君。天海君ってやっぱり優しいね、これから七渡君って呼んでいい?」
「えっ!? 別にいいけど……」
大塚さんの意外な提案に驚く。
友達だとは思っていたけど、そこまで距離を詰められるほどの仲ではなかった。
「ふえぇ~七渡くぅーん」
相変わらず耳がとろけそうな甘ったるい声を出す大塚さん。
ネット配信でもすれば人気が出そうな声だと思う。
「いっしょに頑張ろうね」
「そ、そうだね」
大塚さんと仲良くなれるのは嬉しいけど、育美の前だと少し気まずい。
でも、育美も大塚さんと仲が良いから、そこまで嫌がらないとは思うけど……
「もぅ、何でこうなるのよ」
「育美……こればかりはしょうがないよ」
俺も育美と二人で練習する時間が好きだった。
だが、いつまでもこの練習を続けていけるとはお互いに思っていなかった。
「わかっているわよ、仕方がないってことは。でも、バスケは真面目にするから」
「もちろんだよ」
大塚さんが参加して、三人で練習を始める。
最初はシュート練習を行い、一つのゴールに向かってシュートを打っていく。
大塚さんがバスケをしているところは初めて間近で見た。
意外にもシュートが上手く、何本も連続で入れている。
「七渡君うまーい」
「そ、そうかな?」
三本連続で外した後に一本決めると、大塚さんが褒めてくれた。
あまりバスケで褒められたことがないので、ちょっと照れくさくなる。
「安心して。あなたはいつも通り下手よ、騙されないで」
「逆に不安になるっての」
育美が俺に釘を刺してくる。
少しの浮かれも見逃してはくれないみたいだ。
「七渡君カッコイイ~」
スリーポイントシュートを決めると大塚さんがパチパチと拍手をしてくる。
その声援に応えるように、少し決めポーズをした。
大塚さんの性格の悪さを知っているので、俺をおだてているだけだと頭では理解している。
だが、やっぱり女の子に褒められると、顔は少しにやけてしまう。
「ちょっと天海」
「どうした育美」
「死にたいの?」
「えっ、生きたいよ」
ぎこちない笑顔で死の意思を確認してくる育美。
笑っているのに恐いとはどういうことだ……
その後も練習が続いていくが、育美は元気がなかった。
やはり、大塚さんの存在が気に障るみたいだ。
「飽きたから帰るね~」
急に体育館から出て行った大塚さん。
あまりにも突然過ぎて、じゃあねと言葉をかけることもできなかった。
「ふぅ……」
重い溜息をついている育美。
何とかしてあげたかったけど、大塚さんを参加させないのは難しかった。
「今日は災難だったな」
育美に声をかけると、顔をしかめながら俺の元へ歩いてくる。
明らかに怒っていて叱られるのが目に見えている。
「大塚さん、耳打ちで参加させてくれないと先生に言うよって警告してきたんだ」
先に言い訳をする。
どうにか育美の機嫌を直したい。
「ごめん、俺も二人きりで練習したかったけど……」
先に謝る。
怒られるのは確定だけど、その怒りを半減させたい。
「どうしようもできなかったのはわかってるわよ。美波、私にもいつか邪魔しに行くからって宣言してたし」
「そ、そうだったのか」
「別に美波じゃなくても、誰かが部活後に体育館を使う可能性だってある。その時に私達が独占するわけにいかないのもわかってる」
どうやら怒られずには済みそうだな。
育美もこの状況をちゃんと理解しているみたいだ。
「でも」
「でも?」
額に怒るマークが浮かび上がってきそうな顔をしている育美。
ヤバい、やっぱり怒られるかも!?
「美波の適当なスキンシップや褒め言葉に、あなたがデレデレしていたのは大問題だわ」
「あ、あれは、その、なんというか……」
「なんというか?」
「ごめん」
「別に謝ってほしいわけじゃないのだけど」
決して逃がしてはくれない育美。
でも、育美に叱られたり追い込まれたりするのは、不思議と嫌ではない。
「反省して」
「わ、わかった」
「態度で示して」
「うんっ」
まるで先輩後輩のような上下関係だ。
でも、何故か育美に逆らえない俺がいる。
「育美を心配させないように、もっとしゃっきっと生きていきます」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
俺の言葉を聞いて笑顔になる育美。
怒りが静まったのを確認できて、安堵する。
この安心感が少し癖になる。
「女は人を騙す生き物なの。だから私以外の女の言うことは鵜呑みにしては駄目よ」
「……わかった」
俺の両肩に手を置いて、俺の目をじっと見つめてくる須々木。
俺のことをちゃんと考えてくれているのが伝わってくる。
「七渡は優しいから、誰かにいいように騙されないか心配になるの」
「……あっ、名前で呼んでくれた」
育美から名前で呼んでもらえた。
それがめっちゃ嬉しくて、前のめりになってしまう。
「えっ、今のは違うから!」
顔を真っ赤にさせて首を振る育美。
照れている姿は貴重で、やっぱり可愛い。
「名前合ってるよ」
「そういう意味じゃないから」
俺の背中に隠れて、服の裾を掴んでくる須々木。
照れた顔は見せたくないようだ。
その後の練習で育美は普段通りに戻り、楽しく行えた。
だが、俺達の練習風景を入り口の窓から誰かに見られていたのが少し気になった――
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