第14話 ♀嫉妬する元カノ


 今朝、天海が美波へ部活後に一緒に練習していると言ってしまった。


 今まではあえて隠していた。

 美波に言うとからかわれたりと面倒なことになると思っていたから。


 それに、今の天海との時間を誰にも邪魔されたくなかった。

 部活後の練習は二人だけの世界で、私が唯一楽しめる場所でもあったから。


 誰かに伝えれば、それが回り回って広まってしまい、目立ってしまうかもしれない。

 他の参加者が現れるかもしれないし、石田先輩達にも伝わると面倒なことになる。


 でも、ずっとあの時間を維持できるとは思っていなかった。

 天海が満足して練習をやめるかもしれないし、誰かに見つかるのも時間の問題だと思っていた。


 こうなることも想定していた。

 だから、できる限り守っていくだけ。


 私の大切な居場所を――



「天海と仲良いんだ」


 美波は少し拗ねた様子で話しかけてくる。


「そうよ。彼は私の友達」


「あたし以外にも友達いるんだ」


「そりゃいるでしょ」


 別に私は友達が欲しくないわけではない。

 仲良くできるのならしたいけど、あまり自分から歩み寄れる性格じゃないから増えていかないだけと私は思っている。


「あたしは育美だけだけど」


「それはあなたの性格が原因でしょ」


 美波は私と違って、色んな人と話している姿を見る。

 でもきっと、心を許せる人が私しかいないのだろう。


「天海のこと好きなの?」


「何でそうなるのよ。一緒に練習をしているだけだから」


「男女の友情とか無いから。性欲舐めんな」


 美波の言う通り、男女の友情は成立しないなんて話を聞いたことがある。

 天海のことを少し疑ったこともあったけど、彼は私に対して誠実だった。


「それは大人の世界の話でしょ?」


「身体はもう大人だもん。天海だって育美のことそういう目でしか見てないよ」


「天海のこと……悪く言わないで」


 天海のことをそこまで知りもしないのに、勝手な憶測で語らないでほしい。

 彼が私以外に悪く言われるのは、何故か無性に腹が立ってしまう。


「きっと騙されて裏切られるのがオチだよ」


「そんな人じゃないから。あなたとは違うの」


 天海はちょっと臆病なところもあるから、人を騙すなんて真似はできそうな気がしない。

 でも、信用しているからこそ、何かあった時のショックは大きいかもしれないわね。


「……安心して。天海は良い奴だと思うよん」


「急に態度を変えてどうしたのよ」


 先ほどまでの天海への不信感は消え、逆に褒めてくる美波。


「あたし、けっこう天海のこと良いなって思ってたからさ」


「……そうなの」


 美波から意外な言葉が出てきた。

 人を好きにならない美波が良いなと思ったということは、彼女の中のかなり高いハードルを天海は超えていたはずだ。


「今度、あたしも放課後練習混ぜてよ」


「真面目にやるなら考えるけど」


「真面目にふざけます」


「なら、お断りね」


 急に美波を連れて行っても、天海が困るかもしれない。


 だから、天海と二人だけで楽しむ。

 今日も明日もその先も。


 きっと天海も、私達の練習を誰にも邪魔されたくないと思っているはず。

 天海だって誰かが参加しようとしても断っているはずよ――



     ▲



 部活を終え、再び体育館へと戻る。


 天海は既に練習を始めている。

 だが、そこには今までとは違う光景が広がっていた。


 何故かクラスメイトの廣瀬がいる。

 しかも、一緒にバスケをしている二人は楽しそうだ。


 この空間は二人だけものだと思っていたのは私だけだったの?

 何で向こうは平然と私達以外の人を誘っているのよ。


 天海にとっては、別に私じゃなくても良かったってことかしら……

 そう思うと、ちょっと叱りたくなるわね。


「どういうことなの天海」


 体育館へ入り、楽しそうにバスケをしている天海を呼ぶ。


「なるほど……そういうことか」


 私を見て、少し驚いてから腑に落ちた顔を見せる廣瀬。

 天海はそんな廣瀬の顔を見て嬉しそうにしている。


「天海がやけにバスケが上手くなったなと思ったら、須々木さんと一緒に練習をしていたのか」


「というか、前に須々木と練習してるってけっこう前に言った気がするけど」


「……すまん。嘘だと思ってた」


「おいっ」


 楽しそうに話している二人。


 天海は私には見せない少し怒った顔をしている。

 それが何故か許せなかった。


「彼は私が教えてるの。勝手なことしないでよ」


「別に、ただ対決してただけだぞ」


「色々と私にもプランがあるの。彼には私が来るまでシュート練習するように言ってたから」


「やけにムキになっているな」


 廣瀬の指摘を受け、少し気恥ずかしくなる。

 天海のことになって、不自然に熱くなっていた。


「そんな嫉妬しなくても、これ以上邪魔する気はないから安心してくれ」


「嫉妬じゃないから!」


 何で私が廣瀬に嫉妬しなきゃいけないのよ……

 別に天海は私のものじゃないから、廣瀬と仲良くしたって当然なのに。


「おい廣瀬、フリースロー勝負しようぜ。須々木さんの前で良いとこ見せたいし」


「天海は私と練習するの」


 廣瀬の方へ歩いていこうとする天海の手を引っ張る。

 私の前で良い所を見せたいとか可愛いから嬉しいけど、今は私達の時間だから私を優先して欲しい。


「ちょっと顔を見せに来ただけだから俺はもう抜ける。後は二人でごゆっくり」


 廣瀬は早々に体育館から出ていった。

 意外と空気の読める男だったわね……


「ご、ごめん、一樹が来るって伝えてなくて」


「別にいいけど」


「急にちょっと練習付き合うっていうからさ。でも、俺も須々木と頑張っているとこ見せたいなとも思って」


 そんなことを言われてしまえば、怒れなくなってしまう。

 いや、そもそも天海は何も悪いことしてないか……


「今朝も天海は美波に言ってたけど、あまりこの練習のこと他の人に知られたくないの。だから、もう誰かに言わないで」


「わ、わかった」


 何で私はこんなに彼を独占したがっているのか、自分でも疑問に思う。


 他の人に取られたくない。

 私以外の人に、染められたくない。


 そんな感情がちらついて、少し自分が嫌いになりかけた。


「でも、一樹は信頼してるから誰かに言ったりしないだろうし安心してくれ」


「……私よりも信頼してるの?」


「えっ」


 また嫉妬してる。

 七渡も困惑してしまっているじゃない。


「須々木の方が信頼してるよ」


「あら」


 意外にも私の方が上だと言ってくれる天海。

 それが嬉しくて、無性に頭を撫でたくなってしまう。


「あいつはまともそうに見えてちょっとヤバいところあるからな」


 どうやら廣瀬に対して少し気に食わないところがあるみたいだ。

 まぁ、あの人は謎が多そうだし、天海とはあまり気が合わなそうに見えるけど。


「でも廣瀬のことは名前で呼んで、私のことは苗字なの?」


「えっ……」


 自分で言っておいて、何を言ってるんだ私はと心の中で嘆く。


 こんな我儘、今まで言ったことない。

 天海が私をおかしくさせる。


「ちょっと、それは恥ずかしい。恥ずかし過ぎる」


「私は負けず嫌いなの。だから、廣瀬が名前で呼ばれて、私が苗字なのは受け入れられない」


 恥ずかしいと言っている天海をさらに追い込んでしまう。

 そこまでして、私は天海に言わせたいみたいだ。


「い、育美……」


 真っ赤な顔を見せながら、蚊の鳴くような頼りない声で私を呼んだ天海。


 その光景を見て、私の胸は異様な高まりを得ている。

 人生で一番ドキドキしているかもしれない。


 もっと天海に触れたい。

 もっと声を聞きたい。

 もっと顔を赤くさせたい。


 天海に対して、心が欲求不満になっていく。


「な、何か言えよ」


「……天海は良い子ね」


「俺は苗字なのかよ」


 名前で呼べるわけない。

 恥ずかしいし、絶対に顔がにやけてしまうから。


「育美の方も名前で呼んでほしいけど」


「ふふっ」


「ちょ、ちょっと、はぐらかすなって」


 私にもどかしそうな目を向けている天海。


 名前で呼ぶまで、もう少し焦らしたい。

 この七渡をもう少し見ていたい。


 でも、頭の中ではもう天海を七渡と名前で呼んでしまっている。

 うっかり名前で呼ばないように気をつけないといけない。


 それにしても、これはちょっとヤバいことになったわね。

 私、天海のこと好きかもしれないわ――

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